「こんにちはー。銀時っていますかー」
ガンガンと万事屋の引き戸を叩くのは、やや伸びた黒い短髪に紺の瞳を持った青年だった。彼が何度も戸を叩くが、戸の向こうからの反応はない。
「すいませーん。ここに銀時って奴いますかー」
尚も諦めず戸を叩く。何度も何度も叩くが、やはり反応がない。叩いていた腕を下げると、右足を引く。
「……銀ー」
途端、声が地を這うように低くなる。
「居留守とはこれまた卑怯じゃんか?」
男は万事屋の入り口から数歩遠退き、背を向ける。
分かってんだぞー。気配でもろばれ。
左脚を軸にし、腕の振りを加え勢いを付けながら身体をひねる。右足を迷うことなく万事屋の引き戸にぶち当てた。
いともあっけなく木製の引き戸は中心あたりでその身体を「く」の字に曲げた。勢いは殺せず、そのまま万事屋の玄関へ派手に飛び込み、木片を散らす。
男は万事屋にようやく足を踏み入れると、玄関の隅に黒いブーツと中華風な平べったい靴、そして草履を見つける。やっぱりいるじゃないか。にやりと口元をつり上げた。
とりあえず靴は脱いで丁寧にもきちんと揃えておく。玄関を真っ直ぐ進み、再び引き戸を開けた。
一見誰もいなさそうに見えた。正面にはローテーブルを挟んでソファーが一組。その向こうに黒電話が置かれた机がある。青年は迷うことなくテーブルに近づく。
持っていた物をその上に置き、手をついてテーブルの下をのぞき込んだ。
「ぎゃああぁぁぁ!! すんませんすんません、家賃はもうすこーしだけ待ってくださいいいぃぃ!! 必ず、必ず払いますから!」
銀髪の男――銀時がテーブルの下で何度も頭を下げながら激しく謝罪をしている。それに男は眉をひそめた。
「こいつが、この駄目メガネが悪いんですぅ! 変な物ばっかり買ってくるアルよ!」
「ちょ、神楽ちゃん!? それ人のこと言えないでしょ!」
狭いだろうに、みっちりと三人がテーブルの下で揉みくちゃになりながらも叫んでいる。
「あー、何か勘違いしてなさるようだけど? 俺は借金取りでもなきゃ家賃取りでもないし……」
呆れつつ男は言うが、そんなことお構いなしに三人は勝手に盛り上がっていく。
「じゃああれアルね!? 銀ちゃん、またどっかの女に手ぇ出したアルね!? このいくじなし! 私というものがありながら……!」
「何言ってんだてめえ! んなわけあるかっつーの!」
はてはこのチャイナっ子、ドロドロ昼ドラ見てるな、と男は嫌に冷めた頭で考えた。腰が疲れてきたので姿勢を戻す。
「てゆーか銀さん! 今月もピンチなんですからせめてパチンコはやめてくださいよ!」
「ああーん? 何を言うのかな新八くぅん? 人生と賭け事はそりゃあとてもとても親密に寄り添っているのだよ。切り捨てることなんか――」
「いやぶっちゃけそんなことどうでも良いから。さっさとそこから出てこい、この天パ」
しびれを切らしたのか男がついに口を出した。誰かと思い銀時は声の主を見るが、テーブルに阻まれ足しか見えない。
いそいそと銀時がテーブルから抜け出す様を男は腕組みをして眺めていた。ようやく抜け出した銀時はやれやれといった様子で立ち上がり、男を見た。
男はようやく立ち上がった銀時を紺の瞳で見ていた。赤っぽい、茶色っぽい銀時の瞳がようやくこちらをみると、気怠そうな、やる気のなさそうな目が驚きの形を作るのをはっきりと見取った。
「――?」
銀時がぽつりと呟く。まるで遠い思い出をかき集めてきたかのように、ゆっくりと確かめながらだったが。
「久しぶり」
と呼ばれた男はがしがしと頭を掻いた後、右手を挙げた。
「よ」
その瞬間、は自分よりいくらか背の高い銀時が迫ってくるのを確かに見た。
逃げよう、と思う間もなく、気がつけば銀時に熱烈な抱擁をされていた。しかし、遠慮なしに銀時が腕の力を強めているためかなり苦しい。
「ぎ、銀……っ、苦しい、って、離せっ」
「、生きてたのか、お前っ」
彼の黒い髪に半ば顔を埋めるようにしながら髪をかき混ぜる。
新八と神楽もテーブルの下から抜け出していたが、目の前で行われている行動に新八は思わず神楽に見せない方がいいのかな、とふと思う。まあ、いいか。
いい加減解放して欲しかった。千禍はそろそろキレてもいいかなあと、こっそり右手を拳にする。しかしそれを見ていたかのようにがっばと銀時が離れるが、まだ両手で肩をホールドしていた。
「、だよなっ!?」
「てめ、警察呼んでやろうか。真選組の奴ら使えないけど」
銀時はふうと一息つくと、改めてを見た。自分よりやや低い身長。あまり手入れしていなさそうな黒い髪。安い蛍光灯の光の下にも関わらず紺の瞳は深い。
「……生きてた、のか」
にだけ聞こえる程度の音量で、銀時が呟く。
「勝手に殺すな」
少々ふてくされ気味にが返す。
「よかった! あー、俺もうてっきりどっかで死んだのかと思ってたぜ!」
「いや、だから勝手に殺すなって」
「ずっと顔見せ無いから……」
「ああ、京の方に引っ込んでたから」
「手紙でも……」
「住所知らないし」
「電話……」
「知らないし」
「……」
「もうないか?」
「……」
そこまでやりとりを終えて、は一息つく。まるで子供の思考回路だと思う。いや、実際そうなのかもしれない。
「あの……銀さん」
一段落付いたのを見計らって新八が声をかけてきた。少々不機嫌気味に銀時は新八を見る。
「ああ?」
「誰ですか? その方」
「そうそう気になってたネ。銀ちゃんいきなり抱きつくし、銀ちゃんのコレかと思ったヨ!」
コレと言って神楽はびしりと小指を立てた。それには銀時ではなく、が笑って答える。
「ははは、違う違うそんなんじゃない。昔ちっと一緒に色々、しててさ。その時に知り合ったの」
ちっと神楽が横を向いて舌打ちするのをは苦笑いで見守る。
「っと、名前言ってなかったな。だ。よろしく」
「えっと、志村新八です」
新八が慌てて手を差し出すと、は笑顔で握手に応じた。
「神楽ヨ。歌舞伎町の女王様とお呼び」
ずいぶんと偉そうに神楽が言い放つと、またもや苦笑でが返す。
「女王、ね。まあ覚えとくよ」
あらかた紹介が終わると、はようやく落ち着いた様子で銀時にあれこれ話した。
しばらく此処歌舞伎町に居ること。今はアパートの一室を借りて一人で暮らしていること……等々。
「ま、そんじゃ今回は挨拶程度に来たわけだし、そろそろ帰るな。あ、それ食べてくれて良いから。特売のお菓子ファミリーパックだけど」
足取りも軽やかにリビングを出て行くを銀時達が追うと、嫌でも目に入る玄関の戸の無惨な有様。
「ちょーー!!?? 何コレ! 何コレ!」
銀時が叫ぶ中、しれっとが言い放つ。
「客が来てるのに出てこないそっちが悪い」
靴を履いて玄関に立つと、じゃ、と片手を上げて万事屋から去っていった。
「……嵐でしたね」
「嵐あるネ」
「……嵐以上のもんだよ、まったく」
その後、んまい棒やレロレロキャンディーをなめつつ渋々戸を直す万事屋が居たとか。
up07/12/13 加筆修正 08/04/22