俺があいつと再び顔を合わせることになったのは、丁度二年ほど前の頃だった。
まだ家を持っていなかった俺は、雪が降りしきる寒さの中、どこかで丸くなってしびれるような寒さを何とかやり過ごしていたのを覚えている。
目の前に落ちる影を見つけ顔を上げると、そう、今でも忘れられない酷く紅い色があった。
何が何だか訳が分からず呆けていると、腕をつかまれ無理矢理立たされて、何も言わずに連れて行かれた。
久しぶりの暖かい寝床に、死んだように寝てたと言われたっけ。
何やかんやのことでその後一年は世話になった。俺が江戸に発った日はしんしんと雪の降りしきる日で。そう、今日みたいな。
「なあ高杉」
後ろを歩く高杉に、振り向かず俺は言う。すると、のっしと肩に重み。左肩に顎を乗せられた。
「晋助」
少し前から、こいつは突然名前で呼べとしきりに強要してきた。人の癖を、そんな簡単に変えられるとでも思ってるんだろうか。
「……晋助、重い」
引きずりながらは、さすがに歩けない。
するーっと俺の首に高杉の腕が伸び、絡みつく。首を絞める気はないらしく、首の前で交差させるだけに留まる。
耳にふっと息を吹きかけられたのが唐突で、小さく身体が跳ねる。それが伝わったのか、喉の奥で低く笑う声が聞こえた。
「お前と会ったのも、こんな雪の日だったなァ」
「、そうだな」
じわり、と熱が。高杉の腹から俺の背に、じわりじわりと染み込む。
熱の共有とその暖かさにくらりと目眩がしそうになる。
高杉が俺の頬に顔近づけてきた。触れるだけの口づけを落とした後自ら離れた。
離れたせいか背中がひやりとする。冷たい冷気が、すぐに熱を奪ってしまう。
もしあの場所で高杉が俺を見つけていなかったら、ひもじい思いをしたまま、一人寒さに震えていたのだろうか。
でも『IF』を考えるのは得意ではないと自慢できる。そんなこと必要がなかったから。
正面に来た高杉の手ががひたり、俺の頬に触れる。
差し伸べられた手はとても温かかった。その温もりはまだ此処にある。
「晋助、だ」
ひたと、今度は黒い瞳が俺を映す。
飽きることなく繰り返す名前。思わず俺はくすりと笑ってしまう。
「はいはい。――晋助」
up07/12/13 加筆修正 08/04/22