ちゃんと笑えてますように 1

 知ってたよ。
 自分が、こうなることぐらい。
 この道に足突っ込んだときから。


 でもさあ。
 やっぱり、どっかで覚悟できてなかったのかなあ。

 死にたくないって
 思うよ。


 死にたくない。
 俺が手を下してきた人々が言った言葉。まさか俺が思うとは。
 ちょっと予想できなかった。

 こう思わせるのは、みんなの存在かなあ。
 小さいように思えて、けれど実はかなーり大きい存在。

 天パでいっつも魚の死んだような目してるけどどこか雰囲気は強い銀時。たくさん助けてもらったなあ。
 神楽はいつも酢コンブ咥えてるけど肝心なときにはしっかりしてくれた。
 新八は、なんかあれだよね、縁の下の力持ち?
 桂……。一緒に国のため動かないかとか勧誘がうるさかったな、ヅラだし。
 マヨラーはさ、いつか高血圧で死ぬと思う。あれ、マヨネーズと高血圧って関係あったっけ?
 沖田君はほんと中身が見えないね。俺以上の狐だよ。
 それから、高杉。
 巷では危険視されてるけど、俺はそんなことなかったよ。だって優しいもん。見かけと性格によらず、そんな所も持ってるから、俺高杉のことがだいすき。

 それにしても、ああ、真っ暗だなあ。町の灯りさえ見えないよ。
 いつもならさ、こう……うざったいぐらいに明るいのに。ホントにここ江戸?

 ……まあ知ってるけどさ。自分が死にかけなコトぐらい。
 きっと目まで血が行き渡ってないんだろう。けれど耳元でどくどく鼓動がうるさい。
 だーっと血の水たまりが出来てて、そのうち俺が発見されて、第一発見者の人が悲鳴上げながら逃げていくのが想像できるよ。
 あ、でもあれだね。死体検証とか言って服とかめくられたり解剖されるのはちょっと恥ずかしいな。

 とっくに指先の感覚はない。けど、寒い。冷たい。
 独りで死ぬのは寂しいけどなぁ。でも、俺にはこれが相応なんだろうな。

 足音がする。
 あれ、何だっけ、誰だっけ。なんかすごく聞き覚えのある歩調なんだけど。
 靴とかブーツとかの硬い靴音ではなく、草履とか雪駄とか、そんなの。

 その足音は俺の近くで止まった。殺気はない。
 ひゅ、と俺の喉から空気が漏れる。誰だ、と言おうとしたけれどうまく言葉に出来ない。


「無様なモンだな」
 ……なんだ、高杉だったのか。てか何だよ、無様って。
「そんな所で野垂れ死ぬ奴だったのか」
 うるさい。
「そんなところで何してやがる」
 だまれ。
「いい加減起きたらどうだ」
 ――出来たらやってる!

「る、せ……」
 ようやく絞り出した声は、高杉に対する罵倒の言葉。
 ああ、でも嬉しいよ。お前が来てくれて。
「何笑ってやがる」
 あれ、俺笑ってた? ははは。
 あんまり良く動かない腕を持ち上げて自分の頬に触れる。微かに分かる、ぬるりと冷たい感覚。
「別……に。嬉し、い、のさ」
 きっと高杉は不機嫌そうに顔を歪めているのだろう。ああ、その顔も見たかったな。
「……ふん」
 あ、もしかして照れてるのかな。

「死ぬのか」
 いやあ、無粋な質問だなあ。見るからに死にかけてるでしょ? 俺。
「さ、あ」
 分かんない。
「このま、ま、いった……ら、確実に、死ね、る」
 そっと触れてくる高杉の手。あったかい。その手に俺の手を重ねて、じんわりと伝わるぬくもりに浸った。


 意識が遠くなってくる。身体がどうしようもなく冷え、高杉の手を握る手にも力が入らなくなってくる。
「お、れ」
 立っているのかしゃがんでいるのか分からないが、高杉に向けて話す。
「お前に、あえ、て、嬉し……かった、よ」
「何を」
「へ、へへ」
 口元で笑ってみせる。うまく笑えていたかは知らないが。いや、きっと笑えていない。中途半端に口が歪んでいるのだろう。
 ふいに、高杉の手に力が込められた。

「た、かす、ぎ」
 だいすき。

 でも。ちゃんと笑ってれば、いいな。

 いつもはその冷たい手が嫌だったのに、でも今じゃ高杉の手のぬくもりが心地いい。ごめんな? 俺冷たくて。
 そんでもって、お前は下手な所で、死ぬなよ。


up07/02/15  加筆修正 08/04/22