は一人、寒空の天気の中ビニール袋を手に歩いていた。手袋をはめマフラーを口元まで巻き、完全防備の体勢だ。しかしそんな格好も無理もないほどの寒さである。
自宅ではなく万事屋を目指す彼の目の前に、白い小さなものが落ちてきた。空いている手を差し出すと、その上に白いものがそっと着地する。
はあっと白い息を吐き、はそれを見た後空を仰いだ。
「雪、か」
その直後から雪はいくつも姿を見せ始めた。
は無事万事屋に辿り着いたが、その少し前から勢いを増した雪は江戸をあっという間に真っ白に染め上げていく。
「うひゃー、雪吹雪いてるよ……」
万事屋の玄関で雪駄を脱いでいると、来客に気付いたのか銀時が現れた。
「ういーっす、」
「ああ、銀。ほれ土産」
ビニール袋を差し出し、銀時はそれを受け取る。早速中身を見ると、肉まんあんまん各種三個ずつ。
「いつもわりーな」
「悪いと思うならもうちょっと収入増やせ」
雪駄を揃え、にこやかに銀時を攻撃。その攻撃を銀時は袋を持って早々と部屋に引き上げることで回避した。
「あ」
部屋の一歩手前で立ち止まった。手袋とマフラーを片手に立ちつくしている。
一台しかない暖房器具の前に座り込んでいる銀時は、その声を聞いてを見た。
「あちゃあ……」
眉をひそめ、は腕を上げる。着てきた着物は羽織も含め、付着した雪が溶けた為にじっとりと濡れていた。袂の部分からは雫が落ちている。
ひとまず羽織は脱ぐが、意味はなさそうだ。そう言えば足も冷たい。
「あーあーちょっとさーん? 人んち汚さないでくれる?」
「うっせ」
銀時の言葉を流しながら、洗面所に駆け込む。洗面器に濡れた羽織と脱いだ足袋を突っ込み、さあこれからどうしようかと考える。一度自宅に戻るのは、この大雪の中果てしなくめんどくさい。万事屋に入り浸ってはいるが、着替えを置いているわけでもない。
段々体温を奪っていく着物に気付きながらうんうん唸っていると、ひょっこり現れた銀時がタオルを投げつけてきた。
「ぶっ」
反応できず、顔面に当たる。
「まず頭拭け。んで、服は全滅?」
早速頭をがしがし拭きながらは小さく頷く。
「んー」
銀時も頭をがしがし掻いて一つ唸った後、ちらり洗面器に無造作に盛られた布達を見、そしてあきらかに水気を含んで色を変えている彼の着物を見た。 肌に張り付く衣服の不快感は銀時自身もよく知っている。
「んー、俺ので良かったら服貸すけど」
ぽろりと口からこぼれた言葉。それがの耳に入ると、彼は手を止めて銀時を見た。じいっと見た後小さく首を傾げる。
「……ほんと?」
「お、おう」
首を傾げる動作にちいさくどぎまぎしながら銀時は短く返す。
「じゃあ、失礼しよっかな」
頭にタオルを掛けたままは小さく笑った。
しばらくしてほい、と替えの服をこれまた投げてきた銀時に、はありがとうと言葉を返した。
「サイズ合うかわかんねぇけど」
「いいよ、べつに。貸してもらえるだけでもありがたいし」
着替えたらそっち行くよ。にこりとはそう言って、帯を解く。そこでぴたりと手を止めて、銀時を見る。
「見てる気?」
いや別に見たいんだったらいいんだけど?
その言葉に、ああ悪いと銀時は洗面所の引き戸を静かに閉め、頭をがりがり掻きながら部屋に戻っていく。テーブルの上に置かれたビニール袋を見て、冷める前に食べなきゃあな、とそれに手を伸ばした。
肉まんひとつめを半分ほど食したところでが入ってきた。
長袖の上は肩の線がいくらか合わずずり落ちている。体格はそんなに変わらないつもりだと思っていたが、そんな事なかったらしい。
ズボンの方は少々だぼついてはいるがまだまだ許容範囲だ。
「着物、洗面所に干しといたけどよかった?」
「おーう」
冷えているのか両手を擦り合わせながら銀時のもと――否、暖房器具に近づく。しゃがみ込んで温風を直接手に当てながら、そういえばといった風にあたりを見回した。
「神楽ちゃんと、新八は?」
「雪が降り始めたあたりからどっか出かけてった。ま、うるさいのが居なくなって楽で仕方ねぇな」
ふーん、とひとつ呟いた後は立ち上がりテーブルの上の袋からあんまんを取り出す。それを手に暖房機の前に戻ると、がぶりと一口。
しばらくもくもくと咀嚼していたが飲み込むと、自身が齧り付いた断面をじっと見つめた。
「そういやさ」
「ん?」
「ちょっと前、仕事で美濃の方に行ったことがあってさ」
その仕事事情を知っている銀時はふと小さく眉をひそめたが、にそれが見えるわけでもなく彼は言葉を続けていく。
「向こうであんまん買って食べたんだけど、中身つぶあんだったんだよ。俺こしあんでごま風味の方が好きだなーって、そん時思った」
「ほぉ」
「統一すればいいのに。地域尊重とかなら、両方扱えばいいのになー」
そしてまた一口。熱すぎると中のあんで口内を火傷しかねない餡だが、ほどよく冷めて食べ頃のぬくもりとなっている。
「ま、そこらへん社会の難しーい事情なんじゃねぇの?」
「かもなー」
へら、と笑う彼はずいぶんと幸せそうにしている。その表情を見て小さな不安も吹き飛んでしまいそうだ。
残りの分を全部食べてしまうと、すっくと立ち上がった。銀時の視界に、袖が長いため半分ほど隠れた手が入る。
「」
「うん?」
銀時が立ち上がる。改めて見ると、身長差は10センチほどかと確認する。の手を取り、長い袖を捲っていく。
「ああ、ありがとう」
その両手を擦り合わせると、ソファーに歩いていく。腰掛けると、両腕を天井に突き上げ伸びをした。
「子どもは元気でいいねぇ」
まだ湿っている髪を弄りながら、がやたらに年寄り臭い言葉を呟いた。
「何歳のじじいだよ」
「んー、お前とそんなにかわんないと思うけどな?」
そう言っては再びへら、と笑う。
テーブルに手を伸ばし、今度は肉まんを取る。至って普通の返事に銀時はつまらなさそうにの正面のソファーに座った。
誰が書いたか分からない「糖分」という文字の額縁の下、荒い格子の向こうにあるガラスの隅に雪がへばり付いている。まだずいぶん吹雪いているようだ。白く霞んだ景色が見える。肉まんを頬張りながらは風にあおられ勢いがついた雪を見ていた。手前と遠くでは雪の落ちてくる方向が違う。
あっという間に肉まんを平らげてしまう。指に付いたカスを嘗めて取りふと思う。
そういや、新八と神楽ちゃんは外出てるんだっけ?
「なあなあ、銀」
最後の肉まんを取ろうと手を伸ばした。しかし銀時もそれを狙っていたのか手がぶつかりお手つき状態になる。素早くは銀時の手をはたくがそれは彼の手の甲を掠めるだけに留まる。
「んー?」
はたいたため手が肉まんの上空から外れてしまう。その隙に銀時は肉まんに手を伸ばす!
しかしの空いていた左手が銀時の手を掴み動きを止められた。にやりと、してやったりな微笑を浮かべは肉まんを取った。銀時は悪態をつくでもなく、ただ顔をしかめる。
「吹雪くの止んだらさ、外で二人見つけて雪だるま作るなり雪合戦するなり、なんかやろうよ」
「あー、めんどい」
「うわあ酷。じゃあ銀にだけは石入りの雪玉投げるから」
「俺だけかよ!」
「もち。室内でも容赦なし」
へっへっへ、とあやしげな笑いを零すと、大分冷えた肉まんにかぶりつく。もくもくと咀嚼後、飲み込む。
「なー、やろうよ」
「お前今服ないだろ」
「乾いたら」
「いつの話だよ」
「乾くまでいるから、てか帰れないから大丈夫」
まさしくああ言えばこう言う、という状況に銀時は呆れてはあと小さく息を吐く。
肉まんを食べながらじいっと見てくるの視線を受けながら、そして自棄になって銀時は半ば叫ぶようにして言う。
「ったくわあったわあった、やればいいんだろ、やれば!」
――なんだって俺はこいつに弱いんだ。
ソファーに寄りかかり、天井を見上げながら銀時は思う。
「ありがと〜」
肉まん最後の一欠片を口に押し込み、は目を細め柔らかく口角を上げ心底幸せそうに笑う。それが銀時の視界の端に映る。
――ああそうか、この笑顔があるからか。
今も昔も、変わらない笑顔が。
がらっ、と玄関の戸が開かれる音がした。
「ただいまアルー!」
「うっひゃあ、びっしょびしょ……」
どうやら神楽と新八が帰ってきたらしい。まだ僅かに湿っているが、かなり乾いた自らの羽織に袖を通し、は脱衣所から出た。
「おー、おかえり。まだ雪降ってんの?」
二人とも服に頭に雪をくっつけている。隣で神楽が頭を振って雪を落とそうとしているため、散る水しぶきに顔をしかめながら新八が答えた。
「いえ、もう収まってますよ。ってちょ、神楽ちゃん!? ものすごい散ってるんだけど、冷たいんだけどっ」
「かなり積もってるアルよ。、雪合戦で勝負するアル!」
持ち込んだ一握りの雪玉をぐいとに突きつける。マフラーと手袋を装備しながら、はにっこり笑う。
「望むところだい。もちろん銀もだよねー」
「当たり前アル!」
元気の良い声に、銀時は嫌そうな顔をして頭を掻く。
「おいおい勘弁してくれよ……」
「こら、さっきの約束はどうした」
もしや食わせてやった礼を忘れた訳じゃないだろうねぇ? の無言の脅迫。
今度は引きつった笑顔を浮かべ、もうどうにでもなれと銀時は両腕を天井に突き上げた。
「うわぁーい雪合戦だぁたのしみだぁー」
「やる気無っ」
「うるせー」
玄関まで歩いてくると、もそもそブーツに足を突っ込む。先に準備が完了したは、まだまだ元気たっぷりな子ども達と外に出ていた。
・神楽ペアVS銀時・新八ペアでの雪合戦の結果は、・神楽ペアの圧勝に終わった。
「よっしゃあ暫く無断飲食!!」
とはガッツポーズをとる。
「やったアルね!!」
うきうきと飛び跳ねるふたりの後ろで試合開始直後の勢いはどこへやら、すっかり意気消沈した二人が項垂れていた。
「あいつ……ホントに俺だけ石入り投げやがった……!」
up07/03/08 加筆修正 08/04/22