本当は嫌じゃないって、知ってた?

 銀時が事務所兼自宅に戻ると、そこには先客が居た。新八でも神楽でもなく、新八より若干長い髪に深い紺の瞳を持つ男だった。しかし彼はソファーを丸々使って横になり、腹の上で軽く手を組んでおりどうやら眠っているらしい。
 自分の記憶の中で、一度も眠っている姿を見たことがないが寝ていると言うことにある種の感動を覚えた銀時は、物音を立てないようそっとソファーに近寄った。
 何故かどきどきする胸は軽く無視をして、しゃがみこんでの顔をじっと見つめる。微かな寝息と共に、腹が規則正しく上下している。僅かに開いた口元が妙に色っぽい。長い睫は目元に影を落としており、長い前髪が顔の半分ほどを覆っている。その髪を銀時がそっと掻き上げるが、それでも身じろぎ一つせず、起きる気配がない。

 ふと銀時は自分の左手をの頬に寄せ、ゆっくりと顔を近づけた。急に大きく脈打ち始めた心臓が五月蠅い。
 そっと、の唇と自分の唇を重ねた。
 小さな感動に銀時の心臓はさらに脈打つ。
 すぐに顔を離してしまったが、どうしよう、もう一回? どうしよう、と考えている間にが身じろぎした。

「……ぎ、ん?」
 薄くの瞼が開く。名前を呼ばれる。驚いたが、その驚きをなんとか押し隠しを見る。
「来てた、のか。ふぁ……。いやさあ、今日朝まで急用の仕事が入って……寝てねえんだ」
 だったら、なんでわざわざ自宅じゃなくて人ん家に。ひそかな銀時の声に出さないツッコミを余所に、は一度身体を起こしぐいっとのびをする。
 すい、との頭が動き銀時を見た。寝起きの目が銀髪を捉える。
「銀、顔赤い」
「っ!?」
 の手が銀時の頬に触れる。収まりかけていたと思っていたのに、また大きく心臓が脈打つ。まだ眠たげな瞳と視線がぶつかる。
「酒呑んでた……訳でもなさそう」
 酒臭くないし、と続けて呟く。
 すぐに手は引っ込められ、再びソファーにごろりと横になり、寝る姿勢になった。
 置いてけぼり状態の銀時は、赤いと言われた頬に手を当てながら呆然としている。

「あと」
 ソファーに身を横たえ、完全に二度寝の姿勢に入ったが、目を閉じる前にかなりどうでも良いことのように付け足す。
「俺が寝てる間のいたずらはやめてくれな」
「……! ちょ、おま、起きてたのかよっ!?」
「おやすみー」
「ちょ、待て!」
 は、肩を揺さぶろうとする銀時の手を素早くはたき落とし、すっと目を閉じる。すとんと落ちるように眠りに入ると、規則正しい呼吸をはじめた。


up08/04/26