雪が辺り一面を白く染め尽くしている。
 震える手足を引き寄せ、どうしようもなく襲ってくる寒さと戦っていた。あまり寒いとは思っていなかったが、けれど歯の根は合わずカチカチと音がしている。
 いつになったらこの雪は止んでくれるのか。
 そうは切に願っていた。昔は雪が降ろうものなら辰馬らが大はしゃぎで雪だるまやら、かまくらやらを作っていたと言うのに。
 今ではそんな楽しむことなどこれっぽっちも頭にありはしなかった。

 膝を抱え、なるべく冷気の触れる面を少なくしようと首を縮こめるが、あまり変化は無かった。
 爪先が雪を被っている。しかし払おうとする気力もない。

 ――ああ、俺ここで凍死するのかな。
 ガタガタと身体も震え出す。一体どのぐらいこうして居るんだろう。天井がある場所にいるのが幸いか? とは言え野外には変わりない。
 きっと唇は真っ青になっている。指先も寒さで真っ赤になっている。
 早くどこかに移動しないと、本気で凍傷になってしまいそうだ。

 ――でも動くの、めんどい、な。
 もうこのまま目を閉じてなすがままに成ってしまおうか。そうすれば楽になれる。
 ふと浮上した考えに、楽になりたいが一心でそうしてしまおうかと考えた。
 ――そしたらあいつら、悲しむのかな。
 それは嫌だ。 
 ろくに感覚の残っていない手を、ぎゅうと握りしめた。


 シャリ、シャリ、と新雪を踏む音がした。その音の間隔はよく知っているものに酷く似ていた。
 ゆるりと顔を上げると、頭の上に積もっていた雪がぼとりと落ちた。

 白かったはずの視界に、目の前に黒いものが有った。
 黒と赤。白い世界にそれは酷く映えた。

「――ぁ?」
 ひゅう、との喉が空気を吐き出す。呼吸する度に冷たい空気が喉を差したが、今はそんな事よりも目の前に意識が映っていた。

 長く伸ばされた前髪から覗く顔はを見下ろしている。しかしその視線に冷たさはない。
 見えている片目が、ふっと細められたのをは確かに見た。

「た、かす、ぎ?」
 がそう呟く。すると一気に歩を早め間を詰めた。
 その影がしゃがんだかと思うと両脇に手を差し込まれ、ぐいっと力任せに持ち上げられた。
「っ」
 長時間同じ姿勢であったことと、寒さのため関節が固まって上手く足が伸びない。
 足先が地面に付くが力が入らず上手く立てずにいると、唐突に抱きしめられた。

 まるで子供が母親に甘えて抱きつくようだと、は自分の顔すぐ近くにある黒髪を見た。
 背中に回された腕は、これ以上ないほど力を込められている。
「高杉?」
 もう一度名前を呼ぶと、腰あたりにあった手が肩胛骨あたりに移動した。そして衣擦れの音が耳元で聞こえたかと思うと、ふっと暖かい吐息が耳にかかるのを感じる。
「……
 低い声はあの時のままだった。最後に聞いた声と同じ音域で、耳元に吹き込まれる言葉。
 はゆっくりと自らの両腕を彼の背に回した。力は入らないが、添える。
「何」
 じわりと温もりが伝わってくる。
「俺の所に来い」

 その言葉に、は少しも躊躇わずに頷いた。


up07/12/13