高杉に連れられてやって来たのは、いかにも格式高い旅館だった。お帰りなさいませ、と女将らしき女性が頭を下げる。それに高杉は何も返さない。
 初めて足を踏み入れる場所に、はギクシャクしてあたりを見回しながらも真っ直ぐ歩く高杉の後ろについて行く。
 廊下に入ると何度か角を折れ、一室に入った。

 そこで初めて、は解けた雪で自分がびしょ濡れになっていることに気がついた。暖かい室内であっという間に雪が解けてしまったようだ。
 一人であたふたとしていると、すいと高杉がとある場所を指差す。
「身体暖めてこい」
 どうやら風呂に入れ、と言うことらしい。
「あ、ああ」
 畳に水滴が落ちる前に、は脱衣所に引っ込んだ。


 風呂場に足を踏み入れると、もわ、と熱い蒸気が肌に触れた。白く霞む視界に映るのは、いかにもと言った檜風呂だ。
 ひとまず桶で湯を汲み、一気に身体にかけると冷たい身体はびくりとその熱さに震える。
 湯船に足を浸ければ一気に血流の良くなった足先がじんじんとしびれ始めた。一気に肩まで浸かってしまうと、一瞬息が詰まるがその後は適度な湯加減にふっと目を閉じた。

 あの場所に高杉が居たのは何でだろう?
 そう、ふと思った。
 どうやら今は此処に寝泊まりしているようだが、なんであの雪の中外に出ていたのだろう。昔の性格のままだったなら、喜び勇んで雪遊びという事も無いだろうに。
 湯船から指先だけを出す。すっかり暖まって、感覚も戻ってきている。その手で、ひたと頬に触れた。

 あれこれ考えたって、分からないものは分からない。
 けれど、ただ一つ言えることがあった。

 高杉は生きて、今此処にいること。
 そして抱きしめられたときの温もりは、自分が求めて止まないものだった。



 風呂から上がり、身体を拭いて払ったところでふと大事なことを思い出した。
(……着替えねえぇぇぇ!!)
 まずい。これはまずい。
 濡れてもう冷たくなっている着物をもう一度着る勇気はない。着れば折角暖かくなった身体が一気に冷めて風邪をひくこと間違い無しだ。
 とりあえずタオルを腰に巻いて、仕方がない、高杉に借りるかと思っていた時だ。

 からり、と脱衣所の引き戸が開いた。
「!?」
 咄嗟には再び風呂場に飛び込んだ。入ってきたのは、顔にいくつもの皺が刻まれた女中だった。
「ああ、こらすんまへん。着替え持ってきましたんや」
 の行動にくすくすと笑っている。今になって、馬鹿なことをしたモンだとは顔を赤くした。
「すいません……ありがとうございます」
「いいええ。ごゆっくり」
 竹編みの籠の中へ持っていた物を入れると、すぐに女中は脱衣所から出て行った。

 まだバクバクと鼓動を刻む心臓を落ち着かせるため、はふうと息をついた。驚いた。でも助かった。
 籠から紺色の布を引っ張り上げると、どうやら浴衣のようだ。ご丁寧に下着まで用意されている。
「……ほんっとに……すいません……」
 高杉が言ったのか、それともここに来るまでに見てなのかは分からなかったが、ひたすらは心の中で感謝していた。


up07/12/17