部屋を出たときと同じように開けっ放しの窓から戻ると、すぐ側の壁に寄りかかるようにして高杉が立っていた。 「早かったじゃねぇか」 まだ蝋燭は消えていない。ゆらり、と大きく揺らめく。その蝋燭の光を受けている高杉は、昼間日の元で見るよりもずっと妖しく見えた。 「そりゃあ、どうも」 おざなりに答えて、草履を脱ぐ。腰の刀を抜き、立てかけた。 ひとまず邪魔な物を取っていく。箪笥の横にある箱へ戻し、着替えようと袴の帯に手を掛けたところで、まだ高杉がじっとこちらを見ていることに気がつく。 「……何?」 着替えにくいんだけど? 少しだけ睨むようにして見返せば、小さく笑い肩をすくめ壁から背を離した。 「久しぶりだっただろう」 「まあ、な」 刀から伝わる感触がまだ手に残っている。それが心地よいと思ってしまうのは、もう落ちるところまで落ちているからだろうか。 右手で緩く拳を作り、それに視線を落としているを見て高杉はニヤ、と意味深に口元をつり上げた。そして何をするでなく、部屋を出て行った。 何だったんだ一体。 謎の行動に理解に苦しみつつ、は雨戸を閉めた。今になって、冷たい夜の空気が身にしみる。 冬は終わり春も過ぎ、うかれる時期は過ぎて気怠い夏が来た。蝉の鳴き声が容赦なく五月蠅い。そんな夏の夕暮れのことだ。 部屋の蚊取り線香が切れてしまい、取りに行く途中で外出しようとしている高杉を見た。 「高杉、どっか行くのか」 が声を掛けると、笠を被りながら振り返った。 「お前も来い」 「何?」 「来れば分かる」 「あー、そう」 じゃあ蚊取り線香は帰ってからでいいや。玄関の下駄に足を突っ込み、既に外に出ている高杉の後を追った。 「祭り、か」 カラ、と下駄が鳴る。賑やかに騒ぐ眼下を二人は見下ろしていた。祭りの行われている場所よりいくらか高い場所にある神社に二人はいた。長い階段の一番上に立っている。 いくらか人が流れてきているが、下に比べれば体したことはない。 「俺は祭りが好きでね」 こんな所に来てまで煙管をふかす高杉がぽつりと一人話し出した。 「ああいう楽しそうな、幸せそうな奴らを見てるとぶっ潰したくなる」 「怖ー」 大げさに肩をすくめてが反応する。あまり人がいなくて良かった。聞かれていたら、どうなっていた事やら。冗談ですまされていればよいのだが。 「お前にも恐れるモンがあるとはな」 「何をう、山ほどあるさ。痛いのは嫌だし、強くて激しい生への執着も怖い。それにお前のそう言う発言も怖い」 あざ笑うかのように低く高杉が笑った。 は階段に腰掛けた。相変わらず、眼下の大通りは出店や着飾った人々などで埋め尽くされている。 そしてふと思う。今自分の隣に立つ男は、いつからこんな危険人物になったんだろう? と。 確か自分がいた頃はこんな風ではなかった気がする。するとその後か。もしくは、ずっと押し隠していたのか。 「なあ、高杉」 下駄のかかとを軽く階段に打ち付ける。それにしても暑い。うちわでも持ってくれば良かった。 「俺はお前が何でそうなったのか知らない。小さい頃の出来事がきっかけなのか、それとも俺が居なくなった後なのかも知らない。そんなに、お前の何かを変えてしまうような出来事があったのか」 返事が返ってくるとは思わなかった。だからは視線を上げ、暗くなり始めた空に浮かぶ一番星を見た。一番真っ先に姿を現す星。気がつけば、どこにいるのか分からなくなっている星。 「……言いたくないならいいさ」 よいしょ、と勢いを付けて立ち上がると、顔だけを高杉に向ける。この角度だと、丁度顔は包帯と笠に隠れて見えない。 「俺、出店見てくる」 そう言って階段を下りようとしたが、ぐいと腕を引かれ危うくバランスを崩しかける。 気がつくと高杉の腕の中だった。 「たか、す……」 「気をつけろよ」 囁くように、吹き込むように耳元で低い声が聞こえた。その声に、思わず小さく体を震わせた。 「何が起こるか分かったもんじゃねぇからな」 「っ、分かってるよ」 ぐいと無理矢理腕の中から抜け出すと、眼下へ続く階段を数段かっ飛ばしながら勢いよく降りていった。 「……ふん」 up08/01/17 |