すれ違う人々の楽しそうな顔が、目の前に現れては後ろへ流れていく。財布を持ってきて良かった、とは思った。
 祭りなんてどのぐらいぶりだろう。こういうどんちゃん騒ぎは嫌いじゃない。けれど遠ざかっていたのは、余裕がなかったから? ――そうかもしれない。ひとりは自身の考えに肯定する。

 ふわり、鼻を掠める甘い香り。その方向へ顔を向ければ「わたあめ」の文字。
(懐かし)
 甘い物……糖分といえば銀時だった。今、彼は何をしているのだろう。そんなことを知る方法もないが、超が付くほど甘党なのは変わっていない。きっと。
 何故か、そちらに足が向いていた。

「すいません、一つ」
「あいよっ」
 ザラメが勢いよく投入され、やがて白い糸の様な物が吐き出される。それを手際よく男はくるくると割り箸に巻き付けていった。適度な大きさになるとそれをひょいとに渡した。
 割り箸を持ってから、男の手に小銭を落とす。料金丁度と言うことを確かめると、明るく人の良さそうな笑顔でまいど、と言った。

 そのわたあめを囓りながら歩いていると、出店と出店の間に品物を並べている男を見た。ふと足を止め、風呂敷の上に並べられた品物を眺めていく。
 隣の店の明かりを受けて、にぶくきらりと光る物があった。それは、そう、彼が操る凶器のような輝き。
 が品物を見ているのに気がついたのか、男は一旦手を止めを見た。
「兄ちゃん、手に取って貰って構わないよ」
「どうも」
 言葉に甘えてそれを手に取った。小さな箱に入れられた、細い銀の指輪を。

「嵌めても?」
「どーぞ」
 残っていたわたあめを全部口の中に入れ、割り箸を咥える。箱から指輪を取り、さてどの指に嵌るかなと左手の小指から始めた。
 しかしどうやら、結構小さい指輪らしい。
 左の小指、入る。
 薬指、第二関節まで。
 残りの三本は入らない。
 右の小指、入る。
 薬指、入る。
 残りの三本は入らなかった。

 右の小指に指輪を嵌めて腕を少し遠ざける。何の装飾もない指輪だが、逆にそれがいい。
(――よし)
 指輪を外すと箱に戻し、袂から財布を取り出した。
「これ、幾らですか」
「ん? ああ、それね。古いモンだし、値段決めてないんだよ。兄ちゃんの気持ちでいいよ」
 男は古いと言っていたが、光を反射する輝きは鈍っていないように見える。持ってくる前に磨いたのだろうか?
 は財布から数枚硬貨を取り出し、男に渡した。
「ありがとさん。気に入ったかい」
「はい」
「まあ少しでも大切にしてくれや」
 どうも、と小さく頭を下げはその店の前から立ち去った。

 手の上に転がる箱を袂に入れ、そろそろ戻ろうかと考える。あんまり離れすぎていると、何を言われるか分かったものではない。
 燃えるゴミの箱へ、咥えていた割り箸を投げ込んだ。縁に当たり落ちるかと思ったが、割り箸はくるくると回転し中に落ちていった。


 ただいま、と言うでもなく玄関で下駄を脱ぐ。自分の部屋に行くには高杉の部屋の横を通らなければならない。珍しく、高杉の部屋の襖が開いていた。廊下から、低いに何か紙を広げそれに視線を落としている。
 つい、と高杉の視線が上がりを見た。

 こうやって名前だけを呼ぶときは、来い、と言う意味だ。最近ようやく分かってきた。
 机の近くまで歩いていくと、二つに畳まれた紙を渡された。
「何?」
「もう忘れたのか? 普通に持ってこいと言ってたのはお前だろう?」
「ああ……」
 少しだけ記憶の隅に押し込んでしまっていた。
 いや、まさか本当に普通に持ってくるとは思っていなかった。高杉から手渡しという形だが、アレよりはずっといい。
「どーも」


up08/01/27