例えば、とが呟いた。
「例えば、もし何か一つ願いが叶うとしたら、玄冬はどうする?」
唐突な灰の鳥の問いかけに玄冬は手を止め視線を上げる。視線の先のは頬杖を突き、穏やかな初夏の日差しが差し込む窓の外を見ていた。
「突然だな」
「まあね。で、どう?」
の視線は動かない。玄冬はその視線を追って窓の外を見るが、特に何かが変わっているという様子はない。
「どう、とは」
手に持っていたサヤエンドウのヘタを折り取り、鍋の中に入れる。今晩の夕食に入る予定のものだ。
そこでようやくが視線を動かした。小さく笑みを浮かべ玄冬を見る。
「こうなって欲しい、とかいう願いはあるだろ? もう少しあの鶏が大人しくなって欲しいとか、黒鷹野菜食えとか熊さんともっと仲良くなりたいとか」
「熊は余計だ。……そう、だな」
しかし面と向かってそう質問を投げかけられると、案外出てこない。唸りながら考えていると、知らずの内に眉間には皺が寄り、小さくが笑う声がする。
ふと、手元の鍋が映る。
(そう言えば、一つ鍋に穴が空いていたな)
一つきっかけが出来てしまえばあとは芋蔓式だ。
研ぎながら長く使っていた包丁だが、そろそろ新しい物を買ってもいい頃合いだったし、買い溜めていた調味料も少ない。この季節にしかない食材も町には出回っていることだろう。
たまには新しい料理のレパートリーも増やしたい。けれど何よりも黒鷹に野菜を食べさせるためのアイデアが必要だった。普通の食事にどれだけ野菜を紛れ込ませることが出来るかが問題だ。
それに、まだ時間はあるが来る冬に向けて今から薪を蓄えておかなくてはいけない。暖炉の掃除と修理もしなくては。今回の煙突の掃除は黒鷹にやらせてみようか。
「……玄冬の事だから、家事とかで頭一杯だろうなーとか思うけど」
「悪かったな」
「別にいいって。玄冬らしい」
ふふ、と声を出して笑う。その声色には確かに嬉しそうな感情がこもっていた。
ただ玄冬の我が侭を叶えるために、はこんな事を聞いた訳ではないのだろう。彼のことだから、もしかするとそうなのかもしれないが。
一つだけ、叶うとするなら。
「――俺は、このままがいい」
玄冬は自らの手に視線を落とす。は何も言わずに、けれど一言も聞き逃すまいと耳を傾けていた。
「俺がいて、花白がいて、黒鷹がいてがいる。たまに花白がやってきて黒鷹と口喧嘩を起こしたりして、それをお前が止めに入る。
二人に野菜を食べさせようとしたり、他愛もないことで笑えたり。そんな日常が続けばいいなと思う」
おれは今がしあわせなんだ。
「そうだね。俺も、今が好きだよ。玄冬のおいしい料理は食べれるし、だらだらできるし」
終わりがそろりそろりと足音を潜め迫っていると分かっていながらも、は笑う。
この一瞬が永遠になればどんなに幸せか。暖かな時間に包まれて過ごすことの出来る今がどれだけ大切なことか。
は、だからこそ、心からこの日常がが続けばいいと願った。
やがていつか崩れ去ってしまう物だからこそ、美しく今が輝いているのかもしれないけれど。
「……少し前に読んだ本がとんだお伽噺でさ。ちょっと聞いてみたくなっただけなんだけど」
口元に笑みを残したまま、瞳がどこか寂しげに翳る。それを振り払うように、鍋の側にできあがった緑の山に手を伸ばした。サヤエンドウを一つ手に取り、ぱきり、とへたを折り取る。それを鍋に投げ入れようとして、玄冬の反応がないことに気づく。
「どうした?」
ついと玄冬は顔を上げる。黒鷹とは違い、柔らかな笑みを浮かべたが小さく首をかしげた。
「いや、なんでもない。、やるなら全部やってくれないか。俺は別の準備をするから」
「分かった。任せとけー」
やる気満々、というようにはサヤエンドウを鍋に入れ袖を捲る。玄冬は椅子から立ち、台所へ向かう。
その時はまだ来ない。――玄冬が"玄冬"としての役割を果たす時は。
いずれ来る時までは、今このしあわせを噛み締めておこう。そう思うのはきっとも同じだろうと、玄冬はそっと優しい鳥を思った。
up09/11/25
閑話的な。
玄冬にとって彼は自分の鳥ではないけれど、
いろいろ思うところがある。と思っている。(お前