今日は少し遠出をした。外套を羽織った二人に合わせて、俺も長い外套を着ている。どうも、二人とも見つかりたくないらしい。……見つかるときは見つかると思うけどね。こういうとき、俺にまだ"灰の鳥"としての力があったらちょちょいのちょいでばれにくく出来るのに。まあ、これは仕方ない。
珍しい物を集めた市が行われると聞いて、花白が食いつき、玄冬も興味を持って参加決定した。面白そうなので、俺も同行している。
珍物というだけあって見慣れない物や希少な物まで、さらに使用用途不明な物までが街の小さくない青空市場を埋め尽くしている。
玄冬は古書を中心に周りながら、食材や家具などをみている。花白といえば主に玄冬にくっついて行動していた。見た事もないものが多いんだろうな、あちこちをきょろきょろうろうろしてる。
「」
おっと玄冬がお呼びだ。歩いてくる人達を避けながら声のした方へ。
「はいはい」
「すまない。持っていてくれないか?」
そう言って渡されたのは紙袋で、何かと思い少し口を開けるとを見ると古紙の匂いがした。
「いいよ。随分買ったなあ」
「まとめて買うからとまけてもらった」
「なるほど……うまいな、玄冬」
感心しながら、三人固まってごった返す人の波に乗る。
「混んでいるんだから離れるんじゃないぞ花白」
玄冬がそう忠告すると、花白は口を尖らせそっぽを向く。
「わかってるって。子供じゃないんだから」
「と言いつつ離れないでくださーい」
やんわりと後ろから花白の背中を押した。だって、と未練がましそうに見上げられたが、この強烈な人混みの中迷子になったらその方が大変だ。探すこっちの身にもなってみろ!
屋台で飲み物だけを買い、人もまばらな街の公園で玄冬お手製の弁当を広げた。
見るからにバランスの取れた素晴らしいお弁当! と俺は喜んだけど、隣の花白は問答無用で取り皿に野菜をのせられ固まる。
「く、玄冬。僕こっちが食べたいなあ……?」
「これも食え」
ずばっと一刀両断。冷や汗をかきながら花白がブロッコリーを見つめ始めた。
俺の分も取って貰い、ありがとうと返す。
「荷物も持って貰って助かった。は、どこか見たい所はないのか?」
お茶の蓋を取りながら、玄冬が俺に聞いてくる。
「歩いて流し見してるだけでも十分おもしろいしねえ。特には無いんだけど……」
本当ににいろいろあるんだ、これが。様々な色の反物が人と同じぐらい積み上げられてたり、土器ばかり集めた露店だとか昔の服を集めた所だとか。見ていて飽きない。
そうだな。そういえば、ずっと持ち歩いてた、あれを。いい機会だ。
「――宝石商って、あった?」
「ああ、いくつか」
「じゃあ、どこでもいいから行きたいかな」
「分かった。たしか近くに一つあったはずだ」
そう言えば玄冬は街音痴だった。
一体どこが近くなのかと疑いたくなるような距離に宝石を扱う露店があった。……ほとんど来た道を戻ったよ玄冬。
「買い取りはやってる?」
ごてごてとした品物とは対照的な、質素な服装をした店員がもちろん、と返してくる。
「じゃあ、これを」
「ありがとうございます。……少々お待ちを」
手袋をはめた手で受け取り、丸い玉を鑑定していく。というか素材はなんなんだろうな。本当に水晶かな。
「――ちょっと! あれって、転移の水晶じゃないの!?」
小声で叫ぶようして後ろから花白が突っかかってきた。なかなか険しい顔をしている。
「そうだよ」
「なんで!」
「だって使えないし? 今あれはただの透明な丸い玉。元々あれは玄冬システムに組み込まれてたものだから、大元がなくなって使えなくなるのは当たり前でしょ? 持ってるとかさばるし」
一般人に聞かれても理解できる内容ではないと思うけど、声をひそめて答える。一瞬だけ花白はぽかんとしていたが、すぐに口を尖らせた。
「……のかよ」
「うん?」
「売っちゃって、いいのかって聞いてんの!」
ムキになって声を荒げ、ぷいっとそっぽを(あ、違った玄冬の方だ)向いてしまう。
なんだかんだで花白も心配してくれてるんだな。塔も鳥も消えてしった今、昔を偲ぶ品はごく僅かになってる。思い出の品って言えばそうかもしれない。大切にしてたとは言い難いけど、ずっと肌身離さず持ってた事を花白は知ってるからそう言うんだろう。
玄冬とは違って、花白は直接感情を伝える事が少ないと思う。まあだつんけんしてるけど、結構嬉しい。
「だからここに来てるんじゃないか。だーいじょうぶ、もうケジメついてるから」
嬉しさに口元が緩みながら花白の頭を撫でたら思いっきり払われた。……照れ隠しとはいえちょっと痛かった。
「おまたせしましたー」
気の抜けた声が背後から。査定が終わったらしい。店員の出す紙を覗き込む。
「質のいい水晶ですね。大きさも結構あるんですが、やっぱり水晶はよく出回ってるんでこのぐらいのお値段になります」
と、一番下の金額を示される。特別高いという訳でもなく、(俺は別に宝石市場に詳しくないけど)どちらかと言えば安い方じゃないだろうか。とはいえ、三人でちょっといい所に食べに行けるぐらいの金額だ。
「構いませんよ。お願いします」
「かしこまりましたー」
後ろから値段を見た花白が、また何か言いたげに俺の肩を叩いてくる。今度は耳元で、小声で怒鳴ってきた。
「なにあの金額! 元の価値考えればあれの数倍はとれるって!」
「今は転移できないデショー」
「だ! け! ど!」
熱くなる花白をやんわり玄冬が制止してくれた。少し落ち着け、と花白に言い聞かせた後俺を見る。
「これで、どっか食べにいく?」
「が決めた事だから俺は何も言わないが。……それは安すぎると思う」
「お前もかッ! てか言ってるからな!」
(ちゃんと俺は憶えてるんだから、いいんだよ)
(そういえばいつの間にか振り返っても辛くない)
(思い出に、出来たんだろうか)
一陣の風が抱き締めていった
2010-03-12
息が白い。白く染まっては消えていく。降り積もる雪は音もなくしんしんと、ただ落ちていく。
再びやってきた冬。永遠に続かない冬。……世界を白く染め上げはするが、終わらせない雪。
山奥の家は雪で閉ざされた。これは終わらせる冬でも、そうでなくてもいつものことだった。
一度花白の背丈ほどまで積もった時にはどうしようかと思った。三人で一日中雪かきして道を作るはめになり、もう随分久しぶりの筋肉痛になったのはいい思い出だね。花白は終わりの方ほぼ死んでたけど。
月明かりが積もるばかりの雪に反射して異様に明るい。もう深夜を回っているけど、眠気が来なくて眠れない。部屋の棚にある本は読破済みで、読み返そうとも気が向かないのは困ったもんだ。
部屋の外に出るのも、二人の睡眠を邪魔しちゃ悪いので出れない。しんしんと冷える夜の空気を感じながら、窓の桟に肘を突いて外を眺めた。
月光に照らされた夜の森ってのは、なかなかに幻想的だと思う。ぴんと張り詰めたような空気が漂っていて、ただの一言でもその空気を壊してしまいそうな雰囲気がある。
微かな風切り音が聞こえたかと思うと、近くを梟が飛んでいった。夜動き回るえさを探しているんだろうけど、この寒さだし雪は分厚いしあんまり収穫はなさそうだ。うーん、合掌。
と、廊下から足音が聞こえる。玄冬だ。
「」
部屋の前まで来ると、ごく小さな声で名前を呼ばれる。
「いいよ」
ノックは結構響くからね。なるべく音を立てないようにと細心の注意を払いながら、玄冬が部屋に入ってきた。
「どした?」
肩にかけていた上着が落ちないように押さえながら立ち上がり、サイドテーブルのランプを付ける。ぼんやりとした橙の光に照らされた玄冬は、瓶とグラスを持って立っていた。
「起きていると思ったんだ。付き合ってくれないか」
と、軽く瓶が掲げられた。ちゃぽんと音を立てた中身は、玄冬お手製の果実酒。
「もちろん。……玄冬も眠れないのかい」
玄冬には椅子を勧め俺はベッドに腰掛ける。瓶の栓を抜くと、受け取ったグラスに注ぐ。
「いや、俺は特に」
自分の分も注いで一口。
「……起こした訳じゃあないよな」
特に騒いでいたわけでもない。
「ああ」
「そう」
グラスに口を付ける。甘すぎず、アルコールが弱すぎず強すぎず。絶妙な具合が堪らない。やはり作る度に味は違うけれど、俺はどの年のものも好きだ。
ふと気が付くと窓の外を見てしまっている。さっきの梟が気になるとかそんなのじゃなくて、なんだろうな、あの雰囲気が好きなのかな。
「相談があって」
玄冬はランプを見ていた。うん、と返す。昼間じゃ言いづらい事だろうか、と思ってまた一口。
「この雪が溶けたら、また旅に出ようと思ってる。まだ、花白にも言ってない事なんだが」
やけに真剣な、思い詰めたような顔をして玄冬はグラスを持っている。……ん?
「なんでそれを俺に? まずは連れの花白じゃない?」
疑問を出すと、今度は怪訝そうな顔をして玄冬が顔を上げた。俺をじいっと見て、一人何かに納得して頷く。
「……急に切り出すのは心配だったからな。だけど、そうだな、もう大丈夫そうだ」
「何? なんで心配?」
自己完結されてこっちは何が何だか分からない。説明しておくれ、玄冬。
「春先にあんな事があっただろう」
「――ってまだそれ引き摺るか」
俺はがっくり項垂れる。もうあの時期は黒歴史なんだけど!
「当たり前だ。今回の事で、溜め込む性格というのがよく分かったから」
「……はあ」
「それに冬だ。俺も思い出すんだから、大丈夫かと不安だったんだ。でも、今のを見て安心した」
微笑んでグラスを口に運ぶ玄冬。
ああ、玄冬は強くなったなあ。
俺は今までのものが無くなって崩れて絶望してたっていうのに(自分がそれに関わっていたくせに、だ!)、玄冬は乗り越えて他人の心配までする余裕があった。
「まあ、考える時間は山ほどあったしね」
「確かにな」
「うん。だから、雪が溶けたら行ってらっしゃい。なんだったら俺はずっとここにいて畑やら鶏さんやらの世話をしておくし」
「べつに、空けてもいいんだが」
「次いつ会えるか分からなくなるからいい」
「……そうか」
玄冬も窓の外を見た。彼の目にはどんな風に映っているんだろう。俺と同じように、この景色が映っているだろうか?
「静かだな」
「そうだね。雪は音を吸い込むから」
「ああ。綺麗だ」
そう呟いた横顔はとても満足そうで幸せそうだった。
他愛もない話をぽつぽつと交わし、瓶の中身が全て無くなると玄冬が立ち上がった。
「付き合ってもらってすまなかった」
ふいに締めの言葉を継げる。俺は、俺のグラスを取ろうと手を伸ばした玄冬の袖を掴む。
「玄冬」
……まだ言いたい事があるよ。
「俺ね、随分前に黒鷹に笑ってろって言われた事がある」
微妙な体勢のまま、玄冬は動きを止めた。
「思い出した時はもういっぱいいっぱいだったんだけど、落ち着いてきてさ、玄冬も花白も笑ってて欲しいと思うようになって」
玄冬が顔を上げて俺を見る。何故か自然と笑みがこぼれ、不思議と穏やかな気持ち。
「俺はずっとここにいるから。いつでも帰っておいで。いつでも、迎えてあげる。まだやることもあるから、もう大丈夫だよ。玄冬」
どうか彼らに幸せな春を。そう願えるようになったのは、ふたりの存在があったから。
ありがとう、と手を離す。玄冬は一度手に視線を落としてもう一度俺を見る。
ぐいっと引っ張られたかと思うと、背中に玄冬の腕が回っていた。
「――ありがとう」
「どういたしまして。……随分長い間引き留めて悪かったね」
礼を言うのはこっちのはずなんだけど。
玄冬の腕に力がこもる。何故だか、目の奥が熱くなった。
もう大丈夫。優しい思い出として抱きしめていられる。
心配してくれてありがとう。
抜けるように高い空の元、二人の姿が小さくなっていく。穏やかに流れる時間が温かく感じられる。丘を駆け上がるようにして吹く風がシャツの裾を緩くなびかせて、遙か遠い背後まで走っていく。
二人は旅立った。もう一度ひとりきりの生活が訪れるわけだけど、もうあんな風になることはないだろうなーと思う。
黒鷹はこの箱庭から消えてしまったが、彼が知らずの内に残したいろんなものがある。それを知る事が出来た。それが一番の幸せだった。
小さな影が頭上を飛んでいく。ああやって風に乗っていた時が懐かしい。
なあ黒鷹。まだ俺、お前に会えそうにないよ。
そうだね、ほんとはもう
全部分かってたよ
2010-03-12