「あれ、銀。どっか行くのか」 二階に上がる階段の前で、は降りてきた銀時と鉢合わせた。銀時が顔を上げると、珍しく洋装に身を包んだが立っている。 「お仕事の話聞きに行くんだよ。てか珍しいな、お前いっつも着物じゃん」 「どっちでもいいんだよ、動きやすければ。てかおめでとう、仕事」 「うっせ」 嫌な顔をしてそう言い返せば、は小さく笑う。 「ついてってもいい? 話もあるし」 「おーう」 間延びした返事の後歩き出した銀時の横をが付く。 「で、何だよ話って」 「ああ、うん。明るいナイスニュースではないけど」 心なしかそう話すの口調は重い。切り出した後、すぐに本題に突入せず間が開いた。 「この頃、あちこちが血なまぐさいんだよな」 「血なまぐさいぃ?」 なんでこれまた。銀時は無言でに続きを促す。 「って銀。最近辻斬り多いの知らなかったりすんの?」 呆れたと言ったようには銀時を見上げた。その表情にあり得ない、と蔑むような色も見られたが、そこは見なかったことに。 「いいじゃねぇか別に。人間いろいろ知らなくても生きていけるもんだヨー」 「茶化すな馬鹿」 腕を上げて頭をはたこうとするが、首を曲げてかわされる。面白くない。 歩くこと数十分。二人は大通りから一本二本外れた通りにいた。 「そういやどこ行くの」 がそう尋ねると銀時はすいと腕を上げと、ある一軒を指差した。刀鍛冶屋だった。金属を叩く音が絶え間なく聞こえる。 その入り口近くまで来て、は足を止める。 「此処で待ってるよ。あ、ちゃんと話は聞いて頭に入れろよ、一発で」 「はいはい」 ひらりと手を振って中に入っていく。しばらくは音が途切れなかったがふと消えると、それきり聞こえなくなる。ちゃんと話聞き始めたな、とは一人安堵のため息をついていた。 洋装だからといって、とくに何が変わったでもない。 着物の袂にあれこれ小物を入れられるのは便利だが、洋服はその代わりにポケットがある。それに護身用品をあちこちに隠すのに困ることはない。 そろそろ研ぎに出さないとなあ。道具を使った後は自分で研いでいるものの、職人には敵わないものだ。 そうこう考えていると、頭をがりがり掻きながら銀時が出てきた。 「おつかれ。さて今回のお仕事は?」 腕を組み、壁にもたれながらは楽しそうに銀時へ視線を向ける。そんなとは反対に、銀時はめんどくさそうに唇をとがらせている。 「『紅桜』って刀探してくれってよ」 「ほぉん。べにざくら、ねぇ」 紅桜。もう一度口の中で繰り返す。桜は元から紅いだろうに。さらに桜を紅で染めてどうするつもりなのか。 「アテは?」 「まあ……一つ」 「うし。じゃあそこ行こう」 とん、と小さく勢いを付けて壁から背を離す。 「で、ここ?」 ぼろっちい瓦の屋根。出入り口には竹箒やら鍋やらが無造作に置かれ、『リサイクルショップ 地球防衛軍』との看板が上がっている。 「おうよ。ちょい前にいろいろあってなー」 へえ。が生返事を返す間に、銀時は中に入っていく。物珍しそうにあたりを見回しながらも付いていくと、奥のカウンターらしき場所に女性が一人、煙管をふかしながら座っていた。 「いらっしゃい。……今日は連れがいるんだね」 「どーもー」 明らかに連れは自分だろうと、はその女性に小さく頭を下げる。 「今日は何の用だい?」 「妖刀を探してんだ。ここにねぇか?」 それを聞いた途端、女性は大げさに肩をすくめた。 「そんなもんここにあるわけないだろう」 「いやいや、通販で買える時代だからなー」 店内の棚を漁りながら銀時が言う。女性は何事かを突っ込もうとしていたが、不毛だとでも感じたのか煙を吐き出す。 はすぐ側の棚にあった、今ではもう見かけることの無くなった古い洗濯機の洗濯槽を覗く。中には薄汚れた布がぎっしり詰まっており、心なしか悪臭が漂ってくる。すぐに離れた。 「あんたらの探してる妖刀かは分からないけどね、面白い噂は聞いたことがあるよ」 肩越しに銀時を見た女性の目がきらりと光る。銀時は鼻眼鏡をかけて遊んでいるようだったが、は一言も聞き漏らすまいと女性を見る。 「近頃ここらで辻斬りが流行ってるのは知ってると思うけどね。出会った奴らは全部やられちまってるが、遠目で見た奴がいたらしい。そいつの持ってる刀が刀というより……生き物みたいだったって」 生き物のような刀――確かに妖刀だな。ふ、と小さく口元を歪める。そして女性に尋ねた。 「辻斬り、今日も出ますかね」 「さあ。そこまでは分からないよ」 「そうですか。……でもありがとうございます。いいヒントになりそうです」 「そりゃあよかった」 にこり、と笑顔で返してくる女性に微笑み返すと、まだ鼻眼鏡で一人遊びをしている銀時に近づき脛を横から蹴っ飛ばした。今日はブーツ装備で、しかも鉄板強化仕様なので蹴られるとかなりのダメージがあるだろうと予測される。 その予測通り、銀時は意味不明な叫びを上げてその場にうずくまってしまった。 「あ、ごめんちょっとやりすぎた」 まだに蹴られた脛がじんじんと痛む中、二人は大通りに戻ってきていた。が万事屋に携帯で電話を入れると誰も出ない。そこで銀時はエリザベスが来ていたことをに話した。 「じゃあ神楽ちゃんと新八、エリザベスについて行ってるのか……。辻斬られなきゃいいけどな」 「あの二人に限ってんな訳ねーだろ。ありえない。うん、ありえなーい」 ははは、と外人の真似をしているのか変に語尾を伸ばし両手を肩の高さに挙げている。はあえて突っ込まず、仕方ないな、と呟く。 「あんまり使いたくなかったけど……使うか」 「あのー、さーん? 反応してくれないとこっちが寂しいんですけど……」 「うん知ってる。ボケてつっこまれない寂しさ、ものすごく知ってる。だからあえて放置」 最高の笑顔でそう言われ、お前はドSか!! と突っ込みたくなる衝動を、引きつる笑顔で抑え込んだ。 近くの甘味屋にが足を運ぶと、適当にあれこれを注文し始めた。やって来た甘味の大体を銀時に渡しながら、は甘味屋内の来客に目を光らせているようだった。団子を頬張り、時折適度な渋みの緑茶で口の中をすっきりさせながら十数分。隣で追加注文の白玉クリームあんみつを一心不乱に胃に収める銀時は、が立ち上がったため手を止めた。 「待ってて」 おう、と小さく返すのを聞き取ると、は今し方店に入ってきたばかりの男を連れて手洗い場に向かっていく。そこまでを見届け、銀時はとろける寸前のアイスを一気に口の中にかき込んだ。 そうたいして時間が経ったわけでもなかったが、ふらりとが帰ってくる。銀時が全て平らげているのを見ると、伝票を取り上げ行こうと促す。 「おごり?」 「そそ」 ポケットから財布を出し、女性店員が告げる金額分きっちりを払い店を出た。 「これからどーする訳?」 財布を仕舞い終えたに銀時が尋ねた。すると彼は意味ありげな笑みを浮かべながら銀時を見上げる。 「さっき情報売って貰ったから、待ち伏せするよ」 「情報って……おま、どんなツテあるんだよ」 あんまり使いたくなかったとか言ってたの誰だよ。しかもいつ連絡とったの。 するとはす、と左脚を引き中世の紳士のように優雅に礼を一つ。 「それは企業秘密でございます、お客様」 ぴしりと固まる銀時を尻目に姿勢を戻すと、にやり、先ほどの笑みがまた浮かぶ。 「さ、行くぞ。お前の仕事でもあるんだからな!」 up08/02/17 タイトルお借りしてます→ 氷雨 |