の眼下は狭い路地裏だ。そこによくある青いゴミ箱と、誰が置いていったのか分からないような粗大ゴミがある。建物の屋上からその路地を見ているのには理由があった。 がん、とが青いゴミ箱を銀時の目の前に勢いよく下ろした。そしてその蓋を取り、中を指差す。 「五分の確率で辻斬りは此処を通るらしい。だから待ち伏せしてみようかと思うんだ。ちょっと銀、入っててくれない?」 「え、ちょ、何で俺? しかも五分?」 銀時は青いゴミ箱の中を覗く。これギリギリじゃねぇの? 「百パーの情報があったら泣いて飛びつきたいけどね、そこまで都合のいいものなんて転がってないもんだ。俺はさあ、ちょっと確かめなきゃいけないことがあるんだよー」 「なんか目泳いでんぞお前」 「あ、UFO」 「嘘付け」 ずべし、と銀時の平手がの頭に入る。指差していた手で叩かれた頭をさすり、まだ持っている蓋に手を付けて深々と頭を下げた。 「ほんっとに頼む! 終わって一段落したらなんかおごるからさあ……」 滅多に見ない彼の姿に、銀時は肩を落としその頭をつんつんとつつく。そろりと小さく顔を上げたに、銀時は少し笑ってみせる。 「頭上げろって。……で、どんぐらい入ってりゃいいんだ?」 勢いよく頭を上げたは、蓋を箱に戻しながら銀時に笑って見せた。 「そりゃあ辻斬りが来るまで!」 と、冒頭に戻るわけである。 日はもうとっぷりと暮れ、丸い月が薄ぼんやりと江戸の街を照らしている。この路地に接する建物は住宅しかなかったため、は屋根上を無断拝借して辻斬りの到来を待っていた。 下で物音がする。無意識にその音の発生者を見極めようとしたが、すぐに止めた。新八とエリザベスだったのだ。彼らに気付かれないよう息を潜めていく。 やるまではああだこうだと唸っている銀時だったが、実際やるときにはやる男だ。そう信じて、彼らのすぐ近くにいるゴミ箱に隠れる銀時の心配はしなかった。 彼らの(と言っても、新八の声しか聞こえないが)会話を聞いていると、どうやら彼らも辻斬りを追って来たらしい。 と、そこに奉行所の男がやってきた。しかしそれと同時に、はぴりぴりとした肌を刺す気配を感じていた。 (これ、は……!) 「最近ここら辺はなあ……」 「辻斬りが出るから危ないよ」 (岡田、似蔵!) 飛び出しそうになる身体を押さえ、ぎゅうと右手を握りしめた。胴体を真っ二つにされた男はその断面から血を噴き出させながら地面に崩れ落ちる。どさり。その音の一拍後に新八の悲鳴が響き渡った。 新八を蹴り飛ばし、エリザベスが似蔵に立ち向かおうとする。しかし似蔵は右手の刀を大きく振りかぶり、エリザベスさえも一刀の下両断しようとしていた。 しかしそこでゴミ箱の蓋が跳ね上がり、銀時がその刀を吹き飛ばしていた。 (ナイス銀) 心の中で拍手喝采を送りながら、はするりと屋根上から似蔵目掛け落下した。ぼうと立ちつくす似蔵の腹目掛けて、着地するすんでの所で強烈な蹴りを叩き込んだ! 勢いで似蔵は後ろへ、と大きくとは言えなかったが吹き飛ばされる。先ほど銀時が飛ばし地面に突き刺さった刀を掴み、完全に停止する。 「妖刀探してこんな所に隠れてりゃ……どっかで見たようなツラじゃねーか」 ガタゴトとゴミ箱から銀時が立ち上がる。 「銀さん! そ、それにさんも……!」 助っ人の登場に、それでも新八はずりずりと尻を付いたまま後ろに下がっている。銀時はよっこらせ、とゴミ箱から出ると、笠を外す似蔵と向き合った。 「おや……。どこかで嗅いだ匂いが、ふたつ」 がつ、と大きな靴音をさせながらは銀時のやや後ろに立つ。いつになく真剣な眼差しのに、顔は見えないがその雰囲気からか新八はごくりと生唾を飲み込む。 「妖刀騒ぎの犯人は、お前かい? 人斬り似蔵」 その声は場違いなほど静かに発せられた。の言葉に、似蔵はにいっと口元をつり上げる。そしてさも嬉しそうに笑った。 「こいつは災いを呼び寄せる妖刀だと聞いたがね。どうやら、こいつは強者を引き寄せてくれるらしい。桂にあんたら、こうも会いたい奴に会えるとは……」 愛おしむように刀の柄を指先でなぞる。柄を握り込むと、埋まった刃先を引き抜いた。 「そうだ、桂さん! 桂さんを、どうしたお前!」 新八が似蔵に叫ぶ。 桂? と、眉をひそめたが新八を見た。どういう事、とその目が言っている。 「もしかしたら、そいつが桂さんを……殺したかもしれないんですよ!」 の眉間に刻まれる皺が増える。すいと首を戻し似蔵を見た。 「ヅラがてめぇみてーなただの人殺し野郎に負けるわけねぇだろ」 銀時が似蔵への視線を僅かも動かさずに言い放つ。 「怒るなよ。オニューの刀手に入れてちょっとはしゃいでたもんでね。悪かった。あぁ、そうだ」 何か思い出したのか、似蔵は不敵な笑みを浮かべたまま懐を探る。そしてずるりと、何かを取り出した。 「せめて奴の形見だけでも返すよ」 取り出したのは、一つに束ねられた黒い髪。よく見覚えのある。まさしく桂のものだ。 銀時の背後で、新八とエリザベスが息を呑むのがはっきりと分かった。しかしすぐ側のからは――冷ややかな、確かな殺気が溢れている。 「落ち着けよ」 声の音量を大分落とし、それでも似蔵から視線を離さずに銀時がへ告げる。肌へ直接ピリピリと来るものは、その一言で微かに和らいだが、収まる気配は見せない。 「まだやられたって決まったわけじゃねぇ」 「……分かってる」 精一杯感情を押し殺した声で、は小さく返した。そうだ、殺しても死ななそうな奴なのだから、きっと、どこかで機会をうかがっているのだ。 「あんたらに持ってて貰った方が嬉しいだろうからねぇ。 それにしても、桂は本当に男かい? この髪のなめらかさ……」 似蔵がその感触を確かめるように頬へ押し当てる。その瞬間、は風を感じた。ずっと握りしめていた拳を、ようやく解く。 俺には落ち着けとか言ってたくせに。 金属と木材がぶつかり合う音が鋭く響く。似蔵に斬りかかった銀時は、青筋をうかせながら似蔵を睨み付けている。 「何度も言わせんじゃねぇ。ヅラはてめぇみたいなザコにやられる奴じゃねぇんだよ」 「確かに、俺ならば敵うまい」 似蔵の刀を持つ手から幾つものケーブルが突き出ては刀と一体になっていく。その様に銀時が目を見開いた。 「俺はちょいと身体を貸しただけだ。――なあ、紅桜?」 ほくそ笑む似蔵の顔が、を突き動かしていた。 「さん!」 後ろで新八の声が聞こえるが、今はそれどころではないと言っておこう。 走りながら腕を振ると、ギミックが作動し掌へ短剣が滑り込んでくる。それを握りしめ、はじき返され後ろへたたらを踏んだ銀時の代わりに似蔵へその短剣を叩きこんだ。 この一発でどうこうできるとは考えていなかった。案の定、紅桜で受け止められる。はぐいと顔を近づける。 お前なんて現れなければ良かったんだ。 純粋なの殺気に、似蔵は何度目かも分からない笑みを浮かべている。 「あんたとも、一度本気で殺り合ってみたかったよ」 「ざけんな。そんな玩具じゃなくてちゃんとした刀もってこい」 「こいつを玩具呼びするとはねぇ……いい度胸だ」 ぐ、との短剣が力で押される。 まずい――そう思ったときには、身体は圧倒的なな力で吹き飛ばされていた。 up08/02/23 タイトルお借りしてます→ 氷雨 |