攘夷浪士達が集まる館には程なくして辿り着いた。以前、何度か桂に無理矢理連れてこられた時に顔を覚えたのか、見張りらしき男は何も言わずに扉を開けた。
 傘を玄関に立てかけ、二階へと上がる。男達のざわめきが聞こえる部屋の襖を静かに開けた。

 し……ん。
 一瞬にして場が静まりかえった。部屋にこれでもかといる男達の視線がに集まるが、当人は至って平然な顔をしている。よくこれだけ詰め込んだもんだ。ふと思う。
 あたりを見回し新八とエリザベスがいるのを見つけた。
 彼らに近づこうと襖を閉め、歩き出そうとしたがぐいと手を引かれる。眉を顰め引かれた方を見ると、一人の男がの右手首をしっかりと握っていた。ご丁寧に包帯を避けて、だ。
さん」
「何? ちょい今は離してほしいんだけど……」
「桂さんを」
 その男の表情が酷く苦しげなのをは見取ると、その場にしゃがみ込み男と目を合わせた。
「大丈夫」
 安心させるようにゆっくりと言い聞かせ、小さく微笑みを浮かべる。未だ右腕を掴む手にそっと手を重ねた。
「必ずなんとかしてみせる」
 そうして緩まる手をそっと剥がす。立ち上がると、新八の隣に座った。
さん!」
 嬉しげに声を上げる新八は、しかし彼の両手が包帯で真っ白いことにちいさく表情を曇らせた。何故そうなったかを見ているだけに、痛い。
「遅くなってごめん。さ、始めようか」
 少しずつざわめきが戻ってきた部屋が、その一声で再び静けさを取り戻した。

 まとめ役らしき男が、彼らなりに調べたことについてを新八、エリザベス、そしてに告げていく。メモ書きの紙を懐に収め以上です、と小さく頭を下げ座った。
 新八は小難しい顔をして座り込んでいる。その隣のエリザベスは、身じろぎ一つせず全く表情が見えない。いつも文字が殴り書かれる板も白いままだ。
 と言えば、男の言葉に時折うんうんと頷き何事かを考えている。
「高杉晋助」
 新八が言ったその言葉にはほんの小さく身を揺らした。しかしそれは目の前にずらりと座る攘夷浪士の男達にも、ましてや隣の新八にも気付かれない。
「その人が、桂さんの失踪と岡田似蔵に関わる重要人物だと?」
 やっぱりお前か。はこころのなかで囁く。
「俺らも色々と調べたんだが……。まさか俺達と同じ攘夷浪士の仕業だったとは」
 一人の男が話し出す。姿を探せば最前列にいた。
「それに、高杉晋助といえばかつて桂さんと共に戦った盟友だ」
 辛そうに視線を落とし男が続ける。

「……向こうは、もうそう思っていないのかもしれないな」
 ぽつり、とが呟いた。男が顔を上げてを見る。
「北島また子、武市変平太、河上万斉……それに岡田似蔵。こいつらを集めて高杉は鬼兵隊を復活させたって噂は、よく聞くもんだよ。復活させて何をやろうとしているかなんて、すこし考えれば分かる」
「鬼兵隊って?」
 の隣に座る新八が首を傾げた。それにはいくらか声量を落として教えてやる。
「昔高杉が率いていた義勇軍の事だよ。鬼のように強かった」
 過去形になっていることに新八は気付いていないようだった。他の男達も気にすることはなく、話を進めていく。
「最近じゃあ桂さんは武力による攘夷を捨て、別の道を探しておられた。袂を分かったかつての仲間に、高杉は苛立ちでも感じているのだろうか……」
「こんなところであれこれ考えたって始まらねえ!」
「そうだ! エリザベスさん、高杉の所に乗り込みましょう!」
 一気に立ち上がった男達をエリザベスが止める。しかし余り長くは持たなさそうに思えた。

「新八?」
 隣で立ち上がる新八を止めようと、袖を掴むが力が入らずすり抜ける。は小さく舌打ちをした後新八の後を追っていった。

 付かず離れず、一定の距離を置いては新八を追う。彼が段々と人気のない港へと向かっていくことに薄々気付いていた。新八が角を曲がる。時間をおいてからも曲がった。
 目の前では桂の真似をしたエリザベスが新八に刀を渡していた。微かに震える手でそれを持つ彼の肩には手を置く。
「新八」
「――うわあっ! な、なんださん……驚かせないでくださいよ」
「驚かしたつもりはないんだけどな。
 いいか、忘れんなよ、俺も居る」
 新八はその言葉に目を小さく見開いた。だがすぐに真剣な表情になると頷く。
 『早く行け』と、エリザベスが文字を見せる。目尻に涙を溜めた新八が今度は大きく頷くと、もうもうと煙を噴き上げる船に向かって走る。

up08/05/10

タイトルお借りしてます→ 氷雨