「はあ!? じゃあ神楽ちゃんもここにいるってのか!?」
 船の中を走りながらが叫ぶ。その少し後ろを走る新八がはいっ、と少し苦しげに返した。
「っくそ、なんだそりゃ。聞いてない!」
「言ってませんでしたから!」
「はは、そりゃそうだ!」
 ひゅう、と大きく息を吸い込む。胸が痛い。ヒビの入った肋骨が今になって軋みだしたのをは感じていた。

 曲がり角を速度を落とさずに走り抜ける。廊下の先に刀をおびる男が二人いた。
「なんだ貴様らは!」
 確実に距離を詰めるふたりに刀を抜く。それを見たが飛んだ。高さのある跳躍と姿勢の制御により、男の顔面に両足裏がクリーンヒット。
 足は離れず男は勢いのまま後ろに倒れ、はもう一人の男に足払いを掛ける。姿勢を崩す男の鳩尾に立ち上がったの膝がめり込んだ。声もなく崩れ落ちる。
「いくぞ、甲板!」
 早業に目を奪われていた新八だがその鋭い声に引き戻される。
「は、はいっ」

 ドォン、と轟音と共に襲いかかる振動。船の中は予想以上に揺れ、やっとの思いで辿り着いた甲板は酷い有様だった。
 別の戦艦からの砲撃を受け、あちこちに大穴が開いている。船首に人がいくらか集まっていた。は目を細め人垣の向こうを見た。
「新八、船首に神楽ちゃん、いる」
「ホントですか!? 早く行かなきゃ……!」
「神楽ちゃんは頼んだ。俺は回りの足止めしとくから」
 は袂から鉄線と手袋を取り出した。神楽の元へ行こうとしない新八を見る。
「どした」
「いえ。……無茶はしないでくださいね!」
「お前もな」
 新八が駆け出す。はそれを見届け手袋を嵌め鉄線を装備し、追い風なのを確認。
 戦艦が、ほぼ船首に磔られた神楽に向かって大砲を連射する。舞い上がった煙に紛れて新八が磔台ごとかかえて救出していた。
「新八ぃ!」
 神楽が嬉しそうに名前を呼ぶ。

「こんのクソガキ……!」
 ピンクのヘソ出し着物の女が腰のホルダーから銃を抜き取ろうと手を伸ばす。させるかとが糸を放った。女の手に絡みついた糸は動きを中途半端に停止させホルダーまで届かせない。
「!?」
 その糸はそのままには走り出した。船が浮上し始めたのだ。だが、先ほどからの砲撃の影響か船尾が下がり、甲板上にあった物も人もごろごろと船尾へ落ちていく。
 重力に逆らうように上へ上へ走る。神楽を抱えたままの新八が奇声を発しながら駆け上がっている。
「ダメッもう落ちるっ! 神楽ちゃん助けといてなんだけど助けてぇぇ!!」
「そりゃねーぜぱっつあん」
「やたらのん気だな!」
 こんな時にでも掛け合いを忘れない。さすが芸人魂、とはこころの中で拍手。
 そこへ砲撃。先ほどの女と新八、神楽を巻き込んで爆発する。今までの砲撃で丁度穴になったところへ神楽が滑り落ちていく。
 新八が手を伸ばす。――わずかに届かない! 無意識のうちに、女へ向けていた糸を解放する。

「まかせろっ!」
 いつの間にか、床にへばり付く新八を跨いでが立っていた。ひゅ、と小さな糸が空を切る音。
 の指示に忠実に動く糸は神楽の磔台に絡みつき、それは急激に速度を落とす。歯を食いしばって持ち上げればようやく神楽の手が届いた。
「あ、あんたは……!」
 うしろで女の声がする。だが何かが堅い物がぶつかる音がして、その直後ごろごろと転がっていく音が聞こえた。

 新八の着物をぐいと引き上げる腕があった。がそちらに眼を向けると、そこにエリザベスが立っていた。
「――エリ、ザベス?」
 が不思議そうに名前を呼ぶ。さらにエリザベスは力を込め新八と神楽を甲板上へ引き上げる。白い姿を認めた新八が何度目か分からない喜びの声を上げた。
「エリザベス! こんな所まで来てくれたんだね!」
 エリザベスは『いろいろ用があってな』と板に文字を書いてみせる。

 ぞくり。のつむじ近くの産毛が逆立ち、皮膚がちりちりと何かを感じる。
 これは。これは――!


 エリザベスの首が、飛んだ。いや、正しくは斬り捨てられた。
 驚愕の表情で新八と神楽が空を舞うエリザベスの頭部を見ている。否、その向こう側を。

「いつの間にここは仮装パーティー会場になったんだ? ここはガキの来ていいところじゃねぇんだよ」


up08/05/16

タイトルお借りしてます→ 氷雨