夜の帳がおり夜に星空が瞬く頃、森の中でいくつかの小さな火が焚かれている。鎖の解放を目指すシグムント率いる一行が野営をしていた。
シグムント、エドアルドにアーヤ達が一つの焚き火を囲み何かを話し合っているのを、は少し離れた焚き火から眺めていた。ユージーンから借りた研ぎ石で自身の武器を研いでいたのだが、彼らが頭をつきあわせ話し合う様子に気を取られ、指先を刃がかすめていく。咄嗟に手を引いたが、爪の先が削れてしまった。手を切るよりはましだと思い作業を続ける。今度はきちんと手元を見て。
後ろから足音がして、一旦手を止めそちらを見る。片手を上げたカペルが立っていた。
「どした?」
見上げながらそう尋ねるが、んーと生返事を返される。
「なんとなく」
「なんとなく、ねえ」
隣に座ると、彼はの手元をのぞき込んだ。研がれ切れ味の戻った刃が、焚き火の光を受けて鈍く光っている。
剣を持ち上げ火にかざす。そうして出来を確認すると、布で水気をぬぐい鞘に収めた。ゆっくりとそれを2本そろえて脇に置きながら、はカペルに再び尋ねる。
「研ごうか?」
一瞬カペルは目をぱちくりさせていたが、理解すると眉の端を下げる。
「んー……」
彼の手が剣の柄に伸びる。まだ慣れないそれを軽く撫でて、どうしようかなと小さく呟く。それを持つことが本意でないことはは分かっていた。
「本意じゃないにしても、手入れは必要だよ」
だから、ほれ。
ずいと手を差し出すと、渋々彼は腰から剣を抜き、手のひらにのせた。
規則的な音が続く。その合間に薪のはぜる音が混じり、さらに虫の鳴き声が重なる。カペルはそんな音達に耳を傾けていた。
やがてが自身の武器にしたように、剣を焚き火の炎に照らす。満足したのか、どこか上機嫌で水気をぬぐった。
「ほい」
「ありがとう」
何をするでもなく、ただふたりでぼおっとしていると、カペルが口を開いた。彼の視線の向こうには、まだ焚き火を囲むシグムントらの姿。
「ってさ、すごいよね」
ぽつりと呟かれた言葉。なんで? とは聞き返す。
「僕はさ、剣振るおうとかは思わないし」
ちらとがカペルの表情を伺うと、時たま見せる寂しさの混じった笑みを浮かべていた。それに小さく苦笑して、は言葉を紡ぐ。
「……やらなきゃやられる。折角力があるんだし、それを使わないのはもったいないと思うからだよ」
手持ち無沙汰なのを解消するかのように、右腕を軽く振る。袖の中に隠されたギミックが作動し、手のひらに短剣が滑り込んでくる。くるくると器用に短剣を手の上で回す。
「そっかあ。――本当はさ、フルート吹いてあちこち回れたら一番なんだけどな。安全なら尚よし」
は短剣を袖の中に戻す。ごそ、とカペルがどこからとも無くフルートを取り出した。吹くのかと思ったが、そうでは無くその感触を確かめているようだった。
長いこと関わりを持っている訳ではないから、彼がどんな思いを込めてこの会話をしているのか、には分からなかった。しかし、彼は争いを好まない質だということは、今までの行動でよく分かっている。それが、どんな経緯から来ているのかであれ。
「まあ、自称でも"癒し"って名乗ってるんだし、今はそれでいいんじゃない?」
パキン。ひときわ大きく薪がはぜた。不思議そうな顔をして、カペルがを見る。
「……今は?」
「うん。俺の予想じゃあね、そのうちそーいうこと言ってらんなくなるよ」
何それ、と顔を歪めるカペル。その表情には小さく笑い、僅かにしわの寄った眉間をつっつく。
「俺の予想はソレンスタムさんのに比べたら遙かに正確性に欠けるって。あんまり気にすんな」
笑顔で顔をのぞき込むと、ふて腐れたのかふいと顔をそらされた。
「話長いなー」
まだ彼らは話し込んでいるようだった。皆体調も万全というわけではないのだから、早く休めばいいのにとは思う。
「あ、でもほら、はシグムントさんにあーんなこと言ったからさあ」
耳元で囁かれた言葉に、の肩が跳ねる。
「ちょ、お前何処まで話戻るんだよ!」
至近距離のカペルを押しのけ、いくらか音量を落とした声で怒鳴る。
「一気に顔赤くなった……」
「うるさいっ」
大して効果はないが、ふいと顔を背ける。
「ふふん、、どーしたの?」
「あーもーこのバカペル!! 思い出させんなっ!」
あの時はテンションがおかしかったの!
恥ずかしい、死にたいいや死ねないとぶつぶつ呟き始めるにひとしきり笑う。その笑い声が届いたのか、エドアルドがこちらを向いて機嫌が悪そうにしている。
それを無視して、カペルはの肩を抱く。
「はいはい、そう言うことにしておいてあげるよ〜」
「うっわ何それうさんくさっ!」
あんまり騒がしかったらしく、後ほどぷりぷりと起こるエドアルドに厳しくお叱りを受けたふたりであった。
up08/12/26
触れた先が暖かかったから。ちょっとだけ、安心したんだよ。