部屋に入ると、化野が待ちかまえていた。
「や、お疲れ。外で待っててくれ」
「あいよ」
じゃあな、とギンコはに短く手を振ると障子の影に消えた。
「さて、早速見せて貰おうか。足」
が化野の前に座り、そろりと右足を出す。巻かれた布がほどかれていく。
「あー、随分腫れてるな」
痛みが起こらない程度の触診。やがて側に置いてある木箱から薬と包帯を取り出した。
「折れてはいないみたいだからな、湿布程度で大丈夫だろう」
適当な長さに布を切り、そこへ薬を塗ったあと腫れている足首へ貼り付けた。包帯を丁寧にきっちりと巻いて、終了となる。
「ありがとうございます」
「いやいや。名前は、だったかな。聞こえたよ」
ぱたんと音を立てて木箱の蓋を閉めて、化野が言った。
「はい」
素直に返事をする。
「少しばかり質問をさせて欲しい」
「どうぞ」
「その髪と目は何でそんな色なんだ?その、蟲……と関係が?」
そう質問する化野の目は、心なしか輝いているように見える。
「えっと、俺自身でもよく分からなくて。蟲、と関係があるかは分かりません。少なくとも昔からこの色でした」
「子供の頃から、ということか?」
「たぶん」
曖昧な答えを返すに、化野は腕を組んだ。
「たぶん、とは?」
「俺、この見かけだから目立ちやすいじゃないですか。だから親が心配して山奥に住んでたんです。
俺に兄弟はいなくて、ほんと俺と親と三人でずっと暮らしてて。だから俺の見かけが「違う」って事に気がつかなかったんです。両親は普通だったんですけど、全然俺の髪とかについて言わなかったし。
ようやく自分が違うって事に気がついたのが、家が焼かれてからで」
言葉の中に穏やかでない言葉が出てきたのに驚いて、化野は聞き返した。
「焼かれた?」
「近くの村の人たちが、鬼の使いがいるって言って。……まあ俺の事なんですけど。その時に親は逃げ遅れてしまって……それが、俺が十歳ぐらいに」
姿勢はそのままに、けれど表情が陰る。まだまだ甘えたい頃に両親を亡くした事は、やはり酷く心に大きな傷跡を残しているのだろう。
「わ、悪い。そんなこと聞くつもりじゃなかったんだが……」
慌てて化野が言うが、はふっと微笑んだ。――悲しげな色を宿した瞳で。
「大丈夫ですよ。けれど、人が自分たちと違うものを拒否するのは当然のことでしょ……?」
思わず化野は両手を握りしめた。
確かに人はそうかもしれない。そう思う自分も少なからずそんな意識があるのかもしれない。けれど自身の医師という職業上、そんな事を言ってられる場合ではないと思っている。
しかし「仕事だから」ではないのだ。
――いや、自分はギンコという、十分異質な人間を知っているからかもしれない……。
「そんなことない。そうじゃあ無い人もいるだろう?」
化野が明るく努めると、少し照れたようには小さくはにかんだ。
「……はい」
「終わったか」
障子を開けてギンコが入ってくる。
重たい空気から逃れるように、化野は立ち上がった。
「何か、飲むもの持ってこよう。待っててくれ」
化野の姿が部屋から消えると、ギンコがの側に座った。
相変わらず蟲煙草が紫煙を吐き出している。
「……大変だったんだな」
ぽつりと呟かれた。それが自分に対して呟かれているのを理解すると、は微かに俯く。
「そんなこと無いですよ。ギンコさんも大変だったんじゃ?」
「まあな」
顔を上げ、ギンコを見た。
「似た者同士、ですね」
その表情は暗くない。話の通じる知人を得たような明るい表情だ。
ギンコは腕を伸ばし、の頭を軽く撫でた。
その後化野が戻ってきたので、お茶と茶菓子も摘みながらのまったりとした時間を過ごした。主に喋っていたのはギンコと化野だが、少なくとも今は幸せだとは感じていた。
up08/12/13 加筆修正 08/04/22