と化野は玄関先にいた。朝の冷たい空気が肌を刺す。背負い箱を背負いなおし、蟲煙草を咥えてギンコが立っていた。彼は今日、ここを発つ。
「今度は何時になる?」
袖に両手を突っ込んでいる化野がギンコに問いかけた。
「さあねえ。そのうちふらっと寄るんじゃないか?」
根無し草の旅なんでね、と口元を緩めながらギンコは答える。
「もしかしたら明後日蟲に食われるかもしんねえし。必ずとは言えないな」
それは化野には分かり切っていたことだが、何も知らないに向けての言葉なのだろう。ギンコの視線を受けて、が顔を上げる。緑と赤の瞳がかち合う。
「そっか。……寂しくなるなあ。ここに来てから、ずっと三人だったからさ」
そう言って肩をすくめる。本当に行ってしまうのかと寂しげな表情がギンコには少々苦しかった。それでも自分がここを発たなければ、自らの体質の所為で蟲の巣窟となってしまうのは目に見えていた。ふいとの視線が地面に落ちる。
「まあ、生きてたらそのうちまた会えるさ」
しょぼくれるを元気づけるように、化野がの肩をそっと抱いた。ゆるりと顔を上げ、先ほどよりかは元気に見える顔で少しだけ笑った。
「そう、だね」
「そうそう。結構しぶといからなあ、こいつ。前なんか腹刺されて――」
「化野っ!」
恥ずかしそうにギンコが声を荒げ、それにが突然笑い出す。
「あはは、はははっ! ははっ、あはは」
初めて見るの馬鹿笑いに、ギンコも化野もぽかんとなった。笑いは止まらず、腹を抱えてしゃがみ込んでしまう。
「……、そんなに面白かったか……?」
やや顔の紅いギンコが心底楽しそうに笑っているに呟く。は声には出さず頭を上下に振る事でそれに答えた。
「ははは……あー、よく笑った」
ようやくが笑いを止め、立ち上がったのは笑い出してからたっぷり数分後のことだ。目尻に浮かんだ涙を指で拭い、やれやれと言った風にその様子を見ていた二人に小さく頭を下げた。
「えと、ごめんなさい。ちょっと、なんか面白くて」
「いや、まあいいけどな」
ぷかりと紫煙をはき出すギンコ。ふう、と自分を落ち着けるように深呼吸すると、ギンコを見た。
「俺の所為で出発遅れて……ごめん」
「たいして変わんねえよ。気にすんな」
近寄ってきたギンコが軽くの頭を撫でる。その後、髪をかき混ぜるように撫でると手を離した。はぐしゃぐしゃになった頭にすぐ手をやる。
「じゃあな」
小さくギンコが手を挙げ、歩き出す。その姿に二人は声を掛けていく。
「元気で」
「死ぬなよー」
「おう」
最後に彼は一つ大きく手を挙げる。だんだんと小さくなっていくギンコの姿を、二人は飽きることなく見つめていた。
「化野せんせえ」
「ん?」
まだギンコが消えた方角を見ながら、は化野に声を掛けた。
「蟲師って、どんな仕事?」
その質問に、化野はうーんと唸った。そしての肩を軽く叩くと、こちらを向かせる。
「一言で言うなら蟲専門の医者とか、退治屋とか、研究者か?」
「ふうん……」
そして何事かを考えているに、化野は少しだけ笑いながら家へと足を向けた。
「ま、それは積もる話だ。中でゆっくり茶でも飲みながら話してやるよ」
ついと顔を向けたが本当? と笑顔で呟く。頷くことで返すと、は嬉しそうに化野の隣まで走ってきた。
up08/12/13 加筆修正 08/04/22