再会

 の叫ぶ声を聞き、化野は手を止め顔を上げた。
 ああ、もう来たのか。そう思いつつも、やって来る友人を迎えるため、どっこらせと立ち上がった。

「そんな大声出しちゃあ、回りに迷惑だぞ、
 片眼鏡をかけ直しながら化野は玄関先に立つに近づいた。すると彼はばっと振り返り、けれどすぐにしゅんと小さくしおれた。
「……すいません、ちょっと、うれしくて」
 恥ずかしさのためか少しだけ赤くなりぼそぼそと話すの頭を軽く数回、ぽんぽんと叩いてやった。さて、肝心の男はといえば……。

「……、ギンコはどこに?」
 辺りを見回しても、の髪とはまた違う白さの頭は見当たらない。
「あ、はい。あそこです」
 そう言ってが指差した方向に化野は視線を向けたが、誰もいない道の遠い向こうには山があるだけだ。目を凝らすが、それらしき影も姿も見えない。
 眉をひそめ、化野はに尋ねた。
「悪いが、。どこにいるんだ?」
「見えないですか? ええと、あそこです。山の麓あたりの、山道の所に白っぽいの見えませんか」
 そう言われよくよく目を凝らせば確かに、緑の中に小さな白い物が見えた。
「あれ、か……。よく分かったな」
「虫……というか、蟲のしらせって感じですかね」
 何故言い直したのかその違いが化野には分からなかったが、まだ時間がかかるだろうから一度家に戻ろうとの肩を押した。

 自分で用意した湯飲みを両手で包み込むようにしてが持っている。化野は書物をめくっているようだ。
 ふう、とため息を一つ。少し先走ってしまった。自重しなければ、と一人反省している。
 けれど期待を押し隠せないの目の前に同じものかは分からないが、先ほどとそっくりな蟲が現れた。ふよふよと、ただ浮いている。
(また、知らせてくれるのかい)
 数度上下に揺れると、風でかき消えてしまう煙のようにその姿を消した。

「先生、外見てきます」
「ああ」
 は立ち上がり、盆の上に湯飲みを戻してから部屋を出た。足取りも軽く玄関へ向かう。そしてがら、と玄関の戸を開けた。

「お、。元気そうだな」
 いつものように蟲煙草の紫煙を立ち上らせながらギンコがそこに立っていた。やり場が無く右手が空を彷徨っているのを見ると、戸に手を掛けようとしていたところなのだろう。
 その姿を認めた途端、ぱあっとの表情が明るくなる。
「ギンコ!」
「よお」
 片手を上げて、そうギンコが返した。
「入って入って。化野先生も待ってるよ」
「せんせえ?」
 ギンコが驚いたように聞き返した。それに、は何か自分は変なことを言ったかと少しばかり不安になる。
「な、なんか変なこと……言ったかな」
 予想外の反応にギンコは慌てて手を振った。
「いやいや。まさかお前さんが先生って呼ぶとは思わなくてな」
「そうかな……。みんな先生って呼んでるし」
「確かにな。ま、気にするな」
 ごく控えめにが頷くと、先ほどまであった表情の翳りはもう消え去っている。
「そんなことより、ギンコ。早く早く!」

 がギンコを連れて化野がいる部屋の襖を開けた。まだ書物を読んでいたようだ。
「化野先生、連れてきたよ」
 その声に化野は顔を上げ、片眼鏡をくいと押し上げの後ろに立つギンコを見、目を細めた。
「おお、待ってたぞ。座れ座れ」
 今まで読んでいた物を机の端に押し寄せ、使っていた茶器もまとめて隅に寄せた。
 やって来た二人が腰を下ろすと、いてもたってもいられない様子で化野は興奮気味に切り出した。
「どうだった、ギンコ。何か珍しい物は入ったか?」
「ああ」
 それに慣れているのか、ギンコは自分の背負い箱を引き寄せ、中から様々な物を取りだし机に広げていく。


up08/01/27  加筆修正 08/04/22