告白

 机の上に広げられた様々な物たち。にとって、それは異世界がぎゅうと集められたもののように感じられた。
 きらきらと目を輝かせた化野が、これはこういう経緯でこういう物、と説明するギンコの話をいままで見たことのないほどの熱心さで聞いている。
 はと言えば、化野ほど話を聞いてはいないがやはり目の前に広がる小さな世界に魅了されていた。化野はどうやら、ギンコが言うには蟲が残したらしい白い二枚貝が甚く気に入ったらしい。金額の交渉に入っている。
 物の価値が解らないは小さな薄い木箱に入っている、透明な欠片に目を引かれた。あれはなんだろう。ギンコが化野に向けて全部懇切丁寧に説明をしていたが、生憎あまりよく聞いていなかった。指先でちょい、と引き寄せまじまじと見つめる。
 箱の中に白い布が敷かれ、その上に欠片が乗っている。けれどその欠片はとても透明度が高かった。そして淀むことも屈折することも無く、向こう側の布地が見えるのだ。
「気になるのか」
 不意に声を掛けられ顔を上げると、ギンコが興味深げにを見ていた。頷いて返すと、これはなんだと身を乗り出してくる化野を押し返し話し始める。

「それはな、とある蟲が生み出したもんでな。立ち寄った村でそいつが多くいたもんだから、ちょいと拝借してきたのさ」
 ギンコの説明を受けてから改めて欠片をみる。
「蟲が、こんな綺麗なもの作るんだね」
「あいつらが綺麗と思ってるかは分からんがな」
 その言葉には小さく笑う。確かにそうだ。
 つん、と欠片を突く。ちゃんとここに存在している。つまみ上げてギンコの顔にかざすと、歪むことなくギンコの顔が見えた。

「……」
 無言で欠片を箱に戻すと、は正座をし直してギンコと向かい合った。なんだ? と蟲煙草をくゆらす彼を前に、両手を膝の上で揃える。
「ギンコ」
「お、おう」
 じっとギンコを見つめる。紅い瞳が緑の瞳を見る。

「俺、蟲師になりたいんだ。だから、旅に連れてってくれない、もらえないですか」
 突然の告白にギンコは目を見張った。ギンコの持ってきた品々を見定めていた化野も驚いてを見た。
!?」
 身を乗り出してきた化野をギンコが腕で制した。はギンコの真剣な表情に思わず身を固くする。
 しばらくの間、二人は何も言葉を口にしなかった。化野が落ち着かない様子で二人を交互に見る、布擦れの音がするだけだ。
 ギンコは真っ直ぐにを見ていた。も、この思いに偽りはないいう気持ちを乗せてギンコを見ていた。
 すうとが息を吸う。
「危険なのは、化野先生から聞いてるよ。でも、なりたい」
「……まさかお前がそう思ってるとは思わなかったな」
 視線反らし、ギンコが頭を掻いた。咥えていた蟲煙草を指でつまみ、離す。化野を制していた腕を下ろすと、低い机に肘をついた。化野はおろおろとしながら、まだ二人を交互に見比べている。

、なんで蟲師になりたいって思ったんだ」
 相変わらず真剣な眼差しでギンコが尋ねる。は答える前に一つ頷き、口を開いた。
「蟲が見えるって事もあるけれど、誰かの役に立ちたい」
「それならここに残って、化野の手伝いでも十分役に立てるだろう」
「そうだけど……。俺は、もっといろんなものを見てみたい。知りたい。折角蟲が見えるんだから、それを役に立てて、自分のためにもしたいんだ」
 揺るぎのない視線。そして凛と耳に響く声。
 間違いなく、本当なのだろう。ギンコは悟った。

 ギンコは化野を見た。今の面倒を全面的に見ているのは彼だ。ならば彼の意見も聞いておかねば。そっと化野の表情を伺う。
 化野は正座していた。その膝の上に軽く両手を握り、置いている。真剣にの話を聞いていたのだろう。ほんの僅かに伺えるが、小さく口元が緩んでいた。
「化野、」
「あ? ああ、いや、俺はがそう強く願うならそれで」
 その言葉にが化野を見る。
 自分の思いを優先してしまっていたあまり、は化野の事などすっかり頭になかった。そう、今はもうひとりではなくて。もう自分の親代わりのようになっている彼が居るのだ。
 は急に不安になった。何も相談せず、そして直前になって言い出してしまったことの後ろめたさから。

 さっとの表情に暗いものが差したのに気付いたのか、化野は彼を安心させるように小さく微笑んでみせた。
「ごめんなさい……。前もって、言っておけば良かったのに……」
「いや、いいんだ。ほら、ずいぶんと前に蟲師について聞きにたことがあったろう? あの時から、そうじゃないかとは思ってたよ」
 本当に? とごく控えめに目で訴えてくる。化野が頷くと、柔らかな微笑みを浮かべた。


up08/06/01