薄暗い部屋の中で、は一人の男と向き合っていた。
 男は椅子に座って頬杖をついている。微かに窓から差し込む光が、その男の眼光の鋭さを露わにしていた。
「お前はGUNG−HO−GUNGを知っているか」
 低い声がに問いかける。
「はい、マスター」
 その中に、特別にミカエルの眼は三の席が用意されている。すでにそのメンバーは決まっているようだった。
 自分が選ばれなかったことが果たして幸か不幸か。それを考えようとして、すぐに止めた。
「お前を信じて話す。――正直の所、俺はそれが信用できん」
「何故ですか」
 がすぐに聞き返す。どこか遠くを見ていた男の視線が、ついと上がりを見据える。その鋭い視線はもう慣れてもいいほど浴びたはずなのだが、未だに慣れるということがない。
「……よくは分からん。これと言って理由があるわけではない」
 珍しいと、素直には思った。白黒をはっきりとさせたがるこの人物が、理由無く物事を話すのは今までに覚えがない。
 けれどそれ程に、男の中の何かがひっかかるのだろう。

「お前が選ばれずに良かったと思っている。そこで、だ」
 一旦言葉を句切り、頬杖をついていた腕を下ろす。肘掛けに肘をつき、両手を組んだ。その組まれた人差し指がとん、とんと小さくリズムを刻むように動いている。彼が重要な話をするときの癖だ。それを見ては、知らず知らずのうちに姿勢を正した。
「特別任務を言い渡す。GUNG−HO−GUNGの行動を観察し、逐一報告せよ。ミカエルの眼に害成す様子が見受けられれば即刻、排除せよ」
「……それは、向こうに知られずに、ですか」
「そうだ。俺の知っている中でお前が一番、気配を消すのが上手い。尚、これは終了事項が完了するまでの永続任務だ」
 見張り役ということですか、俺は。そっと心の中では呟く。
 あれは魔人ばかりの集団だと聞く。はたして自分の実力で敵うかどうか――いや、そんなことは、今どうでもいいのだ。
 任務とくれば、こなすだけ。
「イエス、マスター」


 自分の任務内容のことを、はふと思い出した。もうどのぐらい前になるだろうか。ウルフウッドと再会してから今まで一年半ほど。そして任務を言い渡されてから二年弱ほど。
 マスターは逐一報告しろと言ったが、実際の所定期的に報告出来るほど情報や行動が分からなかった。

 ヴァッシュ・ザ・スタンピードと言えば、人間初の局地災害指定を受けたらしい。人間初は当たり前だろう。普通、災害といえば自然災害だ。それを人間が受けるというのは、なかなかにお門違いではと思う。
 しかしこの一年と少しばかりの間は、全くその人離れした噂を聞かない。隠居でもしたのだろうか?

 ひたすら一人で、バイクも車もなく歩き続けて早四日。そろそろいい加減まともな寝床と食事が欲しくなってきた。
 そんな時前方に街の影が見えるではないか!
「おおぉ……。こういうとき、こそ、祈らないと。……アーメン」
 小さく胸の前で十字を切ると、街の影を心の支えとして歩き続けた。

 しかし、神は万人に優しく慈悲を下すわけではなく。
「……うそぉ」
 街は廃墟だった。
 からからに乾いた空気が、やけに空しく感じられる。
 ああ、まともな寝床に食事……と項垂れていると、砂が吹き込みもう砂漠とたいして変わらない地面にまだ新しいタイヤの跡が残っていた。
 あまり期待できないだろうと思いつつも、足はそのタイヤ跡を辿っていた。

 ざりっ、ざりっと一歩一歩踏みしめるように砂地を歩く。容赦なく照りつける太陽が、じわじわとの体力を削っていく。
 辿って行くにつれ、タイヤ跡は次第にはっきりしてきた。どうやら向こうも、此処を通ったばかりらしい。
 何かしら分けてくれるかもしれない、という希望は消えつつあった。向こうから微かに流れてくるこの気配。
 引き返せばいいものを、しかしは歩みを止めようとしない。

 その男は、日陰にバイクを寄せていた。崩れかけの壁に寄りかかり煙草をふかしている。
「――」
 の手が、そっとパニッシャーのベルトにかかった。あくまでも、そっと。

 そこで男は視線を上げた。すいとその視線がに向く。そしてふと目を細めた、ように見えた。
「なんや、何の用かいな」
 指で咥えていた煙草をつまみ上げ、ふうと一吐き。
「……ちゃんと仕事はしとるっちゅうねん」
 その場から数歩歩き、が立ち止まる。
「おや、そうは見えないな? バイクが壊れて立ち往生してるように見えるよ」
 パニッシャーを地面に下ろす。すると男――ウルフウッドは壁から背を離し、煙草を胸一杯に吸い込んだ後捨て、爪先でもみ消した。


up08/01/24