二人の間にしばしの沈黙が降りた。風に吹き上げられた砂が頬を打つ。風が弱まった頃合いを狙ってか、ウルフウッドが口を開いた。
「で、本当は何の用や、。偶然ちゅう訳でもないやろが」
「偶然だよ。でも、もしあんたがミカエルの眼に対してなんか変な事しようって思ってるならそれを止めに来た」
 それを聞いたウルフウッドは、小さく笑うとぶんぶんと手を振る。
「んなことあらへん、あらへん。ワイはちゃあんと仕事しとるて。ホンマに」
 笑われたことが気にくわなかったのか、は眉をひそめた。パニッシャーのベルトを握る力が僅かに強まる。

 それを見てかついとつり上がったウルフウッドの口元。
「感情的になったらあかんやろ?」
 それは、酷く楽しそうなもので。
 を戦闘意識へと駆り立てるには十分効果のあるものだった。


 バチバチバチ、とパニッシャーを縛り上げるベルトがの手の動き一つで外れていく。風に布がさらわれ、パニッシャーが露わになる。
 髑髏を模した銃握兼引き金に手を掛け回し、機関銃の照準をウルフウッドに向けた。
 引き金を引くのに躊躇いはない。
 ふっと息を吐き腹に力を込めるのにコンマ数秒。その瞬間耳をつんざく激音が響いた。

 これだけで倒せる相手とは思っていない。すぐさまは走り出した。先ほどまで立っていた場所に数発の弾丸が撃ち込まれる。
 心拍数が一気に上がり、けれどぴんと自身の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。ウルフウッドからは死角になっているだろう瓦礫に背を付け、耳を澄ませた。
 風の音と混じり、微かに金属音も聞こえる。
 じゃりっ。じゃりっ、ガチャ。じゃりっ。
 聞き慣れた規則正しい足音。

 ――まだだ。
 まだだ、あと、もう少し。
 早く早くと急かす心を何とか押さえつけ機会をうかがう。うまくいけば軽傷とはいかないだろう。
 けれど右手が震えている。
 左手で押さえるが、その左手も震えていた。何故に?
 自問自答の答えが出る間もなくそのままの両手で瓦礫の影から転がり出た。素早くロケットランチャーを前方の黒い影へ打ち放つ。
 僅かなタイムログの後爆発。爆風がのコートと髪を勢いよく後方へとなびかせた。

「――」
 パニッシャーを元の姿へ戻し、やはり震えの止まらない両手を持て余した。
 何故震えているのだ。何に対して?
 恐れているのだろうか、彼を。いや、そんな事はないはずだ。
 まだ感覚は鋭い。ふと目を瞑っていると、金属同士が擦れ合う重々しい音が耳に伝わった。
 咄嗟に身を屈めた。ロケットランチャーの弾が僅かに髪に触れ、地面に着弾。爆発が起こる僅かな間にはパニッシャーを抱え前へ転がっていた。


 姿勢を整え顔を上げると、そこにウルフウッドがいた。
「!」
「ズレとったで、ちゃんと狙えや」
 ウルフウッドが喋る度に咥えられた煙草が揺れる。掠り傷もない。きっと大体はパニッシャーで防がれたのだろう。
 すいとパニッシャーを持つ彼の腕が上がる。咄嗟にはパニッシャーを掲げていた。
 がん、と痺れるような振動。押しつけられていては思うように動けない。
 未だに震える両手。

 ああ、自分は恐れているのだ。この震えは恐れが生み出している。
 もう人を傷つけるのに躊躇いも感情も殴り捨てたはずなのに。
 それとも何だ。今目の前にいる男を? 自分は攻撃できないと?

「んな、訳」
「あ?」
 小さく呟かれた言葉。は首を曲げ地面を見る。目を閉じる。
「んな訳、あるかっ!!」
 勢いよく顔を上げ、そして渾身の力を込めて押し返した。ウルフウッドのパニッシャーは押し返され、けれど彼は反動を付けるため一度その大きな得物を後ろへ振り、へと叩きつけた!

 しかし勢いを乗せたパニッシャーがの体を吹き飛ばすことはなかった。
 ごり、とウルフウッドの顎に銃口が押しつけられる。このまま引き金を引いてしまえば、ウルフウッドの頭は一瞬にして血煙と化すだろう。
 先ほどと同じように、は下を向いていた。長い前髪が顔を隠し表情は見えない。
「撃たんのか」
 銃口を押しつけれらている為自動的にやや上を向くことになっている。ウルフウッドは行動を起こさないを不審がり声を掛けた。返事はない。
 目を細めているとそこでようやくの手が震えていることに気がつく。
「……ああ」
 そうか。
 ウルフウッドはパニッシャーを地面に付け片手を離した。その手をそっと、の手へと重ねる。

「捨てられきれんかったのか、


up08/02/09