鐘の音が聞こえる。あたりに響き、澄んだ音を振りまいている。
 古びた教会から子供たちがじゃれ合いながら走り出てきた。不思議なことに、鐘の音は聞こえるが子供たちの声が聞こえない。
 子供たちの一番後ろに、黒髪の少年が二人いた。小さな方の少年がもう一人を見上げる。名前を呼んだのか頬にテープを貼った少年が首を動かし少年をみた。年相応の明るく柔らかい笑顔を浮かべ、自分より頭半分小さい少年の髪をかき混ぜた。髪をぐしゃぐしゃにされた彼はくすぐったいのか目を細めて、けれど手をどかそうとはしない。
 視界が突如薄れていく。モヤがかかり少年たちの顔が見えなくなりそして教会が見えなくなり、真っ白な世界。
 ――なにもなく、白い。

「――――」
 は勢いよく体を起こした。大きく息を吐くと、視界を遮る前髪を乱暴にかき上げた。
 と、そこで思考が一時停止。数秒後に再び動き始めると、まず辺りを見回した。
「なんて、こった」
 ここは宿屋か? けど、どこの……。
 まだ夢の中で聞いた鐘の音が耳に残っているような気がして、は片耳をふさぐ。耳鳴りのように残るそれは、やがて消えてしまう。
 そうして頭の中が段々と冷静になってきた。

 あれから町まではウルフウッドに引き摺られるようにして連れて行かれた。そこからはさすがに彼の腕を振り払いここまで来たのだっけ?
 途中が曖昧になっているが、確かそんな感じだ、とは一人納得する。
 疑問が解消されたことによってすこしばかり気分が軽くなっていたが、しかしこれを報告しなければいけないという事を思い出し再び沈む。重いため息をひとつ、つく。
 冷たい床に足を下ろす。ああ、めんどくさい。けれどマスターに報告に行かなければいけない。そう、これは任務なのだから。


 連絡を入れると、程なくして聞き慣れた低音が古びたスピーカーから紡がれる。
 それに向かって今までの状況を、なんとか掻い摘んで報告する。しかし慣れないことはすべきではないなと改めて思う。帰ってくる声色からして、何かを隠しているのに気づかれたようだ。
「……自らの立場を忘れるな、
 それだけだったが、その言葉が痛かった。
「……イエス、マスター」
 ぶつり、と無感情に接続が切れる音。手にしたマイクをテーブルに置き、やるせない気分になっている自分を叱りつける。こんなことでへばってどうするんだ、と。

 マスターは、彼に次はどうしろと指示を出さなかった。報告が終わると、は早々に宿を出た。
 次のバスはそう時間もかからずに来るらしかったから、彼はパニッシャーを日よけにしながらバスを待った。
 親子らしき4人が目の前を通り過ぎる。皆、一様に笑顔だ。それを視界の外へ追いやり、ふと視界に黒い物が映ったためそちらに視線を向ける。
 喪服の男だった。沈んだ顔には悲しみや絶望が浮かんでいる。血縁の者が死んでしまったのだろうか。
 なおも来ては行く、人の波。

 随分と時間をつぶしたところで、はたとは黒服に目がむいているという事に気づく。それを自覚してしまうと、急に胸にむかむかとわだかまりのようなものが溜まるのを感じた。
 手がコートの胸元をつかむ。なんだこれ。こころの中で呟く。
 苛立ち、焦り、不満、不快。そんなものがごちゃ混ぜになったような、そうではないような?
 それを分析し終わる前に、遠くに砂煙を盛大に発生させながら向かってくるバスが見えた。
 は立ち上がり、パニッシャーを立て直す。胸のわだかまりがまだ気になったが、これは分からないものだと感じていた。自分で考えていては、とうてい名前の分からないものだと。
 幾つかを捨てたあとから、分からなくなったものが多くあった。それのひとつだった。


 がたがたと上下左右に激しく揺れるバスの中で、は窓の縁に肘をつきぼうっとしていた。町を出てから軽く2、3時間は経っているだろう。
 ひたすら広がる砂は、勢いを弱めることのない恒星の光をぎらぎらとはね返している。

 なんでこんなところに墜ちたんだろうか。せめてもっと木々や水が豊富なら、プラントに頼るしかない生活なんて無かったはずなのに。
(けれどもしそうだとしても本当にそんな生活が送れたんだろうか)
 ついと、空に黒い影がうつる。上昇気流に乗り、風をつかむその姿。
 ――もっと向こうへ飛んでいけ。ここらには、お前が欲しがってるものなんてないよ。
 ささやかに鳥へと忠告を告げ、身を揺する震動に瞼を閉じる。
 早く次の町へ行って、今度は噂の人間台風でも追っかけてみようか。結構前に、それらしき姿を見たことを思い出す。
 しかし仕事も忘れてはいけない。そう、まずは情報を集めなければ。


up2008/10/16