バイクのご機嫌な振動に、ウルフウッドは鼻歌を歌いながら砂漠を走らせていた。奮発して買っただけあって随分と長持ちしている。今度こいつが壊れたら、ワイ本気で泣いてまうで。 太陽の方もご機嫌らしく、いつにもまして強烈な熱波を降り注いでいた。 盛大に砂を巻き上げながら進んでいく。休憩を入れようと、シップの残骸と思われる大きな瓦礫の影にバイクを停止させると、ふと砂漠ばかりの視界に黒い物が映る。それがよく見知った物のように見えて、ウルフウッドはサングラスを外し目を擦る。何回か大きく瞬きした後そちらを見ると、やはり砂にパニッシャーが突き刺さっていた。その根本に黒い影――ではなく人影も。 「……しゃあないな」 手間のかかる奴やで。呟きながらもサングラスをかける。 エンジンを切りバイクから降りた。しばし歩き、砂地にうつ伏せで倒れるの側にしゃがみ込む。結構な時間倒れ込んでいたらしく、服に触ると熱かった。 「おい、生きとるかー。ー」 頬を叩くと僅かに身じろぎする。しかし彼は目蓋を開けなかった。ウルフウッドは眉をひそめ、を仰向けに転がした。口を無理矢理開け水筒の口を宛がう。少しずつ水を流し込んでやると、喉仏が上下し呑み込んだ。少し間を開けまた水を飲ませてやる。 それを何度か繰り返していると水が気管に入ったのかげほげほと噎せる。咳が収まると、はうっすらと目を開けた。眩しそうに目を細め、口が空気を求めるように喘ぐ。 「――、ぁ、」 何か言葉を紡ごうとしたらしいが、不明瞭な音が漏れるばかりだった。ふと右腕が上がったかと思うと、些か焦点の甘い目がウルフウッドを見上げた。の指先がウルフウッドに触れる寸前で止まる。 「……」 微かに口が動く。微かすぎて何を紡ぎたかったのかさえ分からなかった。最後に、ふ、と小さく吐息が吐かれる。そして目蓋が落ち、力の抜けた腕が砂を叩いた。 「……何や?」 何がしたかったのだろうか。怪訝そうに眉をひそめたウルフウッドだったが、それ以上反応がないことを知ると一つ深いため息をついた。熱い身体を肩に担ぎ、空いた手でパニッシャーを掴みバイクの元へ引き返した。日陰にを下ろし、その隣にパニッシャーを立てかける。布で巻かれてはいたが、随分熱されていたのだろうそれは肉でも焼けてしまいそうなほど熱かった。 きちんと目が覚めるまで様子を見ようとウルフウッドは考える。地味に熱を放つのパニッシャーとは反対の、の隣に腰掛け煙草をくわえる。 「……しっかし、なんでお前、あんな所にぶっ倒れとったんや?」 マッチで煙草に火を付け揺らす。疑問を呟いてみたがただの独り言だ。返答は期待していない。 それにしても。 「なんや最近よう会うな、ワイら」 以前再会した街ではうっかり殺し合いかけた(ウルフウッドに殺す気などさらさらなかったのだが)。旧知なのだからゆっくり再会をかみ締められればよかったのだが、いかんせんふたりとも立場が立場すぎた。 「ごっつい驚いたんやで? まっさかお前とは思わんかった」 煙を吸って吐きながら尚独り言には些か大きな独り言を続ける。どうせ、聞いてる人間など誰もいないのだ。 「なあ。……まさか、お前がとはなあ」 とん、と灰を落とす。大して時間は経過しているわけでは無かったが、瓦礫の隙間から太陽をちらりと見る。まだ日が翳るには時間がかかりそうだった。 木が爆ぜる心地よい音が聞こえる。幾らか涼しい風が吹き抜けていく感覚に、はゆっくりと目蓋を上げた。星空が真っ先に目に飛び込んできた。だが左側に光源――焚き火の橙色をした光が映り込む。 「……?」 最後の記憶は、熱い砂に顔面から突っ伏した状態ではなかったか? ふと思い出し、そしてようやく口の中の不快感を感じる。砂を吐こうと身体を起こし、焚き火を挟んだ向こう側に平然と煙草をふかすウルフウッドの姿を見た。 「お、やーっと起きたか」 「……!? おま、……っ、うえっ」 あんまりにも口の中に砂が入りすぎて気持ち悪かった。べっ、と唾ごと砂を吐き捨てる。 「なんや腹減りすぎて砂でも食っとったんか? まさかなー」 ははは、と笑うウルフウッドに鋭い視線を投げる。 「――冗談や冗談。本気にすな」 「ったりまえ、だ」 もう一度砂を吐き出す。大して不快感は変わらなかった。 自分の隣に見慣れたパニッシャーが立てかけられているのを見て、一先ず安心する。布と布との隙間に砂が入り込んでいるのを見ると掃除に頭が痛くなりそうだった。 「まあ遠回しに聞くのも何やで直球で聞くけど、お前なんであんな所にぶっ倒れとったん?」 ウルフウッドはすぐに返答が返ってくるとは思っていなかった。案の定、は自らのパニッシャーを引き寄せベルトと布の間に詰まった砂を指先で掻きだし始める。 「……言いたく無いんは分かるけどな。ワイが通らへんかったら死んどったで?」 「それは感謝してる」 これっぽっちも気持ちの籠もっていない感謝の言葉だった。ウルフウッドは煙草を口にくわえたまま、不機嫌そうにがりがりと頭をかいた。 質問や疑問を投げるも返ってくるのは沈黙か生返事ということに飽きたのか、いつの間にかウルフウッドは夜空を見上げて黙り込んでいた。は暇つぶし程度にしか思っていなかった砂ほじりをやめ、枯れ枝が無造作に組まれた焚き火を見る。立てた膝に肘を乗せ、炎が揺らぐ様をぼうっと見ていると無性に落ち着いた。それこそ、昼間死にかけたことでさえ忘れてしまいそうなほどに。 静かに炎の揺らぎを見るにを視界に入れながら、ウルフウッドはフィルターを焦がしかけた煙草を放りつま先で踏み消す。感情の上がり下がりが大きいのは幼い子供を見ているようだと思った。 「なんでうろうろしとるん?」 今なら答えてくれるだろうとの確信があった。心が静かに凪いでいる状態なら。 「……仕事」 ぽつりと独り言のように呟かれた。ついと顔が僅かに俯く。炎の光が、彼の瞳を赤茶色に染めている。 「マスターからの、か」 「それ以外にない」 眉間に皺を寄せ、ぴしゃりと断ち切るように言い捨てられる。しかしその険しい表情はすぐに解け、重ねた腕に額を付け完全に俯いてしまった。 「次はどこ行くん?」 「さあ」 「ワイは砂漠越えたところの街に行こうと思っとってなー。そしたら暫くはうざったい砂ともお別れや」 「……そっちは何してんの」 「人探しや。ワイはちゃんと仕事しとるんやで?」 「前も聞いた」 「そうやったか? まあええわ」 「……一回、戻る」 「戻るって、どこへや」 「マスターんとこ」 「……ほか。まあ気ぃ付けてな」 自然と会話が途切れる。それを見計らってか、はパニッシャーを自身のすぐ隣まで引き寄せ寝る姿勢を取る。ウルフウッドも大きく身じろぎし腕を組む。 時折焚き火の爆ぜる音と柔らかな光が妙に心地よく、はゆっくりと放物線を描くように眠りへと落ちた。ここ数年、体験したことのないような穏やかな落ち方だった。 up2009/04/24 |