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手に温かな感覚。指先に触れられるはずのないぬくもりが伝わる。実際に俺が見ているのではない映像が薄れていき、再び目の痛い風景へ。ノイズも止み、耳鳴りがしそうな程の静寂に戻る。
目の前に立つ男に俺は触れていた。映像で見たカイトと同じように、男は泣いていた。指先を涙が濡らす。
「やっぱりお前、」
ああ、そう言えば俺も泣いてたっけ。
「カイトなんだろ」
男は頬に俺の手を当てたまま小さく首を振る。
「違います。始めにも言いましたよね、彼の意識を若干共有していると。それだけです」
そう言う顔は寂しそうだった。いや、寂しいのだろう、俺が居なくなってしまうから。
意識を少しばかりでも共有しているということは即ち、あいつが俺に対して思う事は大体分かると言うこと。
「若干? 本当に?」
「……ええ、若干」
「うそつけ」
じゃあ、なんでそんな顔が出来るんだ。
俺が触れる度に心底幸せそうな顔をしていたあいつと、目の前の男がダブる。今は幸せそうな顔なんてしていないけど、俺が見間違うはずかあるもんか。何年一緒に生活したと思ってる。
「……嘘つきでも構いません」
視線を落として口を噤む。その返答、是に聞こえるけど?
もうどうでもいいと言うように静かに男の腕が上がって、俺の手の上に重ねられた。
それにしても、男二人が向き合って泣き合ってるなんてどうもおかしいとは思わないか?
景色は相変わらずのハイコントラスト、そのあべこべさに笑いがこみ上げてくる。笑いをかみ殺しながら、涙を拭う。
「まあ、いいか。うん」
なんだかちょっと、不景気の臨界点を突破して楽しくなってきた。笑みを押さえられなくなって口角を上げながら男へ近づく。
「いいよ、どっちでも。お前とあいつが繋がってるなら、伝えてよ」
ふたりが最後に歌っていた歌が耳から離れない。何度も何度も聞いた曲。俺も何回も歌った。
ハモリ、ピアノの和音、パーカッション、アクセントに弦楽器を。
音楽は純粋に楽しかった。瞼を閉じればきっと、沢山の思い出が溢れる。
でも今は瞬きだけにとどめておいて、目の前の青い男を見る。こんな所にまで現れてしまった、俺のボーカロイド。
海の底のような目が俺を見る。視線が噛み合う。揺れる瞳。
「楽しかった。ありがとう、って」
額同士をくっつけて笑う。近すぎて焦点が合わないほどの距離。重ねられた手に力がこもる。
「ありがとう。言い尽くせないぐらい。楽しかったんだ。ありがとうな」
ああ、本当に楽しかった!
するり、と掌から砂が零れ落ちるように感覚が滑り落ちていく。
指先が溶けていく。ような感じ。
男の頬を手がすり抜ける。まるで幽霊みたいに。
ファンタジーでよくあるような、身体の末端から消えて無くなっていく状態。でも怖くなんか無い。
頭に響く音楽。歌声。
「俺も、楽しかったです。……貴方と出会えて本当に良かった」
ぼやけてよく見えないけど、きっとこいつは本当にそう思って笑ってる。
俺はカイトに手を振った。
「またな」