ひゅん、と顔の近くの空を裂きながら鞭が通り過ぎていった。それを平然と見送りながら、は両手の武器を握りしめる。
ディーノは先ほどから自身で突っ込んでこずに鞭を操っての攻撃ばかりをしてくる。黒いものが鋭い音を立て自分に向かってくるのを避けつつ攻撃の機会をうかがう。武器で受けても良いのだが、それは鞭に絡め取られる危険性があった。
鞭がディーノの手に収まる。それを見終わらずに、は低い姿勢のまま走り出した。足下を狙って繰り出される攻撃はステップで回避。
右に握った、前腕ほどの長さの剣を走りながら逆手に持ち変える。
目前に鞭が飛び込んできた。咄嗟に左の剣で受けるが、しっかりと握り込んでいたにもかかわらずそれ以上の力で絡め取られそれは呆気なくの手から離れた。しかしそれを囮にでもするかのように、身体を捻り右の剣をディーノに叩き込んだ!
「っと。あぶねーなあ」
飄々とした台詞に、は姿勢を崩さず眉をひそめた。視線を前方に向ければ、ディーノは両手で鞭をぴんと張り、それでの攻撃を受けていた。
「結構良い線いってんだけどな。あとは努力次第ってとこか?」
ぎり、とが力を込めてもびくともしない。同じ男のはずなんだけどこの差は何? そう呟きたいのを堪える。
諦めて腕を下ろすと、ディーノも腕を下ろし鞭を纏める。
「……どうも」
「いいって事よ。たまには身体動かさないと鈍るしな」
にかっと笑うディーノに、は感謝の意も込めて微笑んだ。
「そう言ってもらえると、こちらも気が楽です」
やや伸び気味の黒い髪から覗く同じように黒い瞳が、戦闘時――ウォーミングアップにもならないものだったが――とは全く違い、あの時よりもずっと柔らかい光を宿している。そのギャップに、ディーノは口元を楽しそうにつり上げた。
並盛中の制服であるカッターシャツとネクタイをきちんと着込んでいる。そのくせ、手に持っているのは危険きわまりない物だ。
「委員長は相手にしてくれないし」
「雲雀か? あいつももっと愛想よくすればいいんだけどな」
今度は苦笑しながらディーノが話す。確かに、とは小さく返すが、想像してしまったものに寒気がする。
「……でも愛想のいい委員長は怖い、かも」
「……ははは」
二人して力のない笑いをしていると、遠くで控えていたロマーリオが近寄ってきた。
「ボス。そろそろ時間だ」
「お、もうか? 分かった。――そう言うわけだ、じゃあな、。なんかあったら呼んでくれな。暇だったら飛んでくる」
「それはどうも。委員長に咬み殺されないよう気をつけてください」
皮肉を込めていったつもりだったが、それが伝わっていないのかディーノはロマーリオを連れながらを見、大きく手を振ってドアの向こうへ姿を消した。
鞘に収めた剣を地面に落ちていた布で巻き、さらに剣道の竹刀袋に入れて担ぐ。空き地から空を見ると、もう紅く染まりつつあった。腕時計で時間を見ると、六時を回った頃。
丁度良い時間帯だと思いながら、は鞄を担いで空き地を出た。
行く先はもちろん、きっと不機嫌になりかけているだろう委員長の元。
up08/01/31 加筆修正 08/04/22