最近の気温は変動が激しい。朝方・夕方は半袖じゃ肌寒いぐらいなのに、昼間は(日陰で風が吹けば話は別だが)直射日光であつい。
こういうので体調を崩しやすいんだよな。この前うっかり窓開けっ放しで寝たら寒すぎて死ぬかと思った。
早くも並盛中では風邪が蔓延していたりする。風紀委員も何人かが忌々しい菌達に犯されていることに、委員長は結構ご機嫌斜めだった。
あ、俺は大丈夫、こう見えても体だけは丈夫だから。インフルエンザもここ数年やってない。ヤベ、次がきっと酷いぞ……。
それはともかくだ。
俺のクラスである2−Cは生徒が三分の一になってしまい(風邪だけで、だ。ありえない)絶賛学級閉鎖中。
俺? やだなー、鬼委員長が休ませてくれるわけ無いじゃん! そういうわけで休日出勤になった。
応接室に向かうまでに、両手じゃ数えられないほど白いマスク装備の生徒を見た。予防は大切だよね。俺してないけど。
そういえば委員長は大丈夫だろうか。ああ見えても結構弱……いことはないとは思うが。
応接室のドアをノック。中から声より先に咳き込む声が聞こえた。
あれ?
「失礼します」
返事を待たずに入る。げほ、げほと咳は止まらない。もしや――!?
「遅いよ。何やってたの」
いつものように眉間にしわを寄せる委員長。の、隣でマスクをした草壁さんがげほげほと。な、なーんだ、心配して損した……! いや、草壁さんが咳してるのは心配ですけど!
机の上には紙束の山がひとーつ、ふたーつ、わあ、数えたくない。
テーブルに移されている山に目を落とし気を落とす。今日は何時に帰れるかな。
ソファーに腰掛けながら、マスクの上から口を押さえる草壁さんに声をかけた。
「風邪ですか、草壁さん」
ある単語に委員長が眉を跳ね上げたのは言うまでもない。
「残念ながら」
声も掠れてますよ。こういうときぐらい休ませてあげればいいのにー、とは口に出して言えないので心の中で言う。ごめんよ。
鞄の中から筆箱を取りだし山の除去作業に入ろうとして、ふと顔を上げたのはいいが予想以上に不機嫌な表情だったので何も言わずに手元に視線を落とす。
あ、やばいなんか視線痛いです。
おそるおそる視線を向けると、案の定ものすごい形相でにらまれてます。
「あ、えっと……ほら、予防にも生姜入れた紅茶はどうかなー、とか」
俺にも草壁さんにも委員長にもいい話!!(冷や汗が……)
ふうん、と委員長はどこぞに視線を外した後俺に戻す。
「作れば?」
了解しました、ありがたく作らせていただきます。
ちょっと暇そうな委員を使って近くのスーパーまで生姜を買いに行かせ(酷いとか言わない!)調理開始。
あー、生姜は刻むかおろすか汁だけかにするか悩む。よし汁だけ。金おろしでごりごりおろす。
……今俺とっても主夫してるね。いやいや気にしない気にしない。
絞り汁だけを持って応接室に戻りいつもの紅茶を入れる。ちょっと濃いめ、暖かめ。
カップに注いで仕上げに生姜の絞り汁を垂らすだけ。簡単ですね。けれど簡単とは裏腹に効くからありがたい。寒いときには、俺はこれが一番。
「どうぞ」
無言でカップを取る委員長。どこか申し訳なさげに取る草壁さん。
委員長のめぼしい反応はない。安全圏ですね。
よし、さあ、山を削っていこう!
あー、ええと、結局帰りは8時すぎでした。なんてことだ。もっと早く帰ってヴァンと戯れたいのに。
今日も今日とて応接室に出勤です。ドアをいつものように開けると、いつもの委員長がいなかった。
……あれ?
「草壁さん、委員長、は」
ソファーで資料に目を通していた草壁さんが俺を見た。口を開いて一瞬止まった後言う。
「入院した」
「は!?」
思わずひっくり返った声がでる。いやいやいや、まっさかー! これなんていうどっきり? なにかあったっけなー今日。
「と言うわけで、。見舞いを頼む」
わざわざ立ち上がって俺の肩に手を置く。
「ま、まじですか」
「ああ。処理はやっておくから」
と、見舞いの品を渡され(用意してるならそっちで行ってください!!)部屋の外へ追い出されてしまった。あー……。
まさか、そんな馬鹿なとか呟きながら掛かり付けの病院へ行く。ナースステーションでどこの部屋かを聞く前に部屋番号を言ってくれた。学ランの所為ですね、なんかごめんなさい。
梨とハウスミカンの入った籠を持ち直し、部屋へ向かう。ああ、本気で学ラン脱いでくれば良かった。なんだか視線が痛い。俺は無害ですよ!
もうしばらく歩いていると、委員長の名札が付けられたドアが見つかる。ちょっと深呼吸。さあ行くか。
面接拒否の札はかかっていない。ドアをノック。ドアの向こうで物音がする。それを返事だと理解しドアを開ける。
かすかに漂ってくる消毒液のにおい。部屋の白さに目を細める。
一人部屋らしい。縦長の部屋にはベッドが一つ、テレビと台が一つずつ、丸椅子が3つ置いてある。
ベッドの上には体を起こした委員長がいた。
「こんにちは」
「何の用」
あの、草壁さん。声だけ聞けばいつもと変わらないんですが。
「入院されたと聞いたので、お見舞いに。えと、これ草壁さんから」
中身が見えるように籠を傾ける。ふうん、と委員長。
「剥いて」
ナイフはそこ、と当たり前のように指差す委員長。不満をもらしてかみ殺される前に剥きたいと思います。
はっきり言ってこういう果物の丸剥き、得意じゃないんですけど。
椅子に腰掛け、ゴミ袋を広げて必死にナイフを動かす。あーもー何で梨。水気おおすぎ! せめてリンゴがよかった。
無言で梨とナイフに格闘する俺だったが、ややいびつに剥きあがるまで委員長は咳ひとつしなかった。なんで入院したんですか。
四等分にして種の部分を取り、紙皿においてさらに爪楊枝を刺す。
「どうぞ」
それを委員長に渡すと、爪楊枝をつまんで滴したたる梨を口に運んでいく。しゃり。くそういい音。おいしそう。
もぐもぐと咀嚼した後飲み込み、次を口に入れたと言うことはお気に召したらしい。さすが草壁さんです。
その後2つを胃に収めた委員長はティッシュで指先を拭くと、紙くずをぽいとゴミ箱へ投げ捨てた。
「ねえ」
ぼーっとしていたため、声をかけられて大げさに反応してしまう。ややうわずった声で返答する。
「昨日のあれ効かなかったんだけど、どうしてくれるの?」
昨日の……?
……ああ、生姜の。て、ええええ!
「いや、そのですね……。さすがに万能の生姜も、一発で風邪を予防できるほど万能じゃ、ない ですよ?」
言ってる最中から目つきが鋭くなってきて、最期の方は途切れ途切れになる。ひいい。
「ふうん?」
予防というか何というか、生姜は体を温める効果があって確かほかにもいろいろ……って言いたい。けど言えない。
その一言が本気で怖いです。
「……すみません」
口からついて出たのは謝罪の言葉。謝って終わればいいんだけれどね!?
「草壁は?」
「は?」
草壁さんなら来てませんよ、と言いかけ、少し考える。
おそるおそる口を開く。
「昨日よりは、随分回復しているようでした」
「そう」
あ、ちょっと眉間のしわが薄れた。
――なんだかんだで部下のことが心配なんですね。いつもは見られない一面が見れて、なんだか満足感。
up08/11/23
やっぱり雲雀君は地味に部下のこと大切だといいよ。
生姜紅茶は、私も大好物です。ただし生姜入れっぱなしで放置しすぎると辛くなるのでご注意(←よくやる)