執務室にて

 冷え冷えとした廊下をブーツの踵が叩く音が響く。流石に廊下までは空調が行き届かずに寒い。目当ての部屋へ急ぐがふう、と吐いた息は微かに白く染まっており一層寒さを感じさせる。腕に抱えた書類をリヴァイの元に届けるため、はぼんやり薄暗く人気のない廊下をひたすらに歩いてた。
 目当てのドアを2回ノック。中からの声を待って室内に入った。
「書類お持ちしました」
「ああ」
 デスクワークに勤しんでいたリヴァイはちらりと顔を上げるだけですぐに視線を手元に戻してしまう。
 まだ暫く寒さが和らぐことはないように思えたが、それでも室内で暖炉に火をくべればもちろん温かい。部屋の隅にある暖炉にはたっぷりと薪がくべられていた。時折ぱちり、ぱきりと爆ぜる薪の音と暖かな空気には思わず目を細め温もりを甘受する。
 机の空いているスペースに抱えてきた書類を積み、一番上にこちらは自分が持参した茶色の封筒を乗せる。その封筒の中身を知っているだけあって、ただ乗せるというだけの行動はにとって酷く緊張するものだった。幸いな事に、リヴァイはペンを走らせる手元に注視していたためを緊張を悟られずに済んだ。
 すぐにこの温かい部屋から出てしまうのは躊躇われるが、しかしここにいてもやることがないことに落胆する。この書類配達が終わった後は、人手が足りないとのことでハンジから協力を扇がれていたため、そちらに出向かなければいけない。
 かりかりとペン先が紙を削るような音は先ほどから絶えない。真面目にデスクワークをこなすリヴァイを見、は上司へ分からないようにそっと息を吐く。
「よろしくお願いします、ね」
「――ああ」
 余程集中しているのか同じ返事を返された。


 ぱたり、とリヴァイの執務室のドアが閉まる。ドアの開閉により廊下から冷たい空気が入り込み足元を冷やす。すぐに空気は暖まっていくが、部屋から冷気が消えた頃ようやくリヴァイは手元の書類から顔を上げた。
 全く面倒な書類ばかりだと悪態を吐いてやりたい気にもなる。机からぺらりと持ち上げた、今し方書き終わったばかりの書類はインクが乾くまで触らないようにと机の脇にあった紙の山のてっぺんへ乗せた。
 固まった肩を回し解してやりながら、今し方新しく運び込まれた書類を見やる。その一番上に、几帳面に向きを揃えて置かれた茶色の封筒が目につく。ハンジからの報告書などは機密事項により厳重に梱包してあったりするが、そうではなくごく普通の封筒。ただ、手紙だけを入れるにしてはふたまわりほど大きい。その封筒を取りペーパーナイフで躊躇いなく開封する。
「……あ?」
 中に収められていたのは紙ではなくハンカチだった。薄手だが悪い物ではないそれは、確かにリヴァイの物だった。しかし何故、と考え混む前にあっさりと判明した。前回の訓練の時を思い出す。が指を切った際に手当として使用したのだ。白いハンカチを広げてみるが血の浸みもなく綺麗に洗われ、アイロンもかけてあり非の打ち所がない。そのあたりはリヴァイの性格を把握している補佐ならではと言える。
 封筒の中には一枚紙が入っていた。ありがとうございました、とその一言と名前が書かれたのみのカード。それを見てリヴァイはふ、と口元を緩める。
「直接言えばいいだろ」
 かわいいことするじゃねぇか。くっ、と喉の奥で短く笑う。
 カードは封筒に、ハンカチは自身のポケットに収め書類を引き寄せる。全てを片付けるにはまだ時間がかかりそうだった。


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