ガシャン。重々しい音がする。
は布を取り払ったパニッシャーを地面に置き、一息ついてから再び担ぎ上げた。
ひたと前を見つめる瞳には、ただ冷たく鋭い無情の色があるだけだった。
あたりは赤く染まっていた。彼には血しぶき一つ付いてはいないが、歩く度に足下でぱしゃりと小さく水が音を立てる。
血臭が立ちこめる部屋からようやく出ると、ちらりと肩越しに部屋を振り返った。一面赤い水たまりの中、あちこちに元人間だった肉塊が転がっている。鈍く光る空薬莢も多く散らばっていた。
視線を戻し、そこでようやく彼の瞳に表情らしき物が戻った。疲労の色が濃い。はあと大きく息をつくと、後ろ手でドアを閉めた。
血の臭いが嫌いというわけでもなかった。人を殺すことも、今更躊躇することなどこれっぽっちもない。
けれど、たとえ簡単なものであってもこういう仕事をした後は酷く疲れた。身体的にではなく、精神的に、だ。
ドアの外に置きっぱなしだった布とベルトを拾い上げ、パニッシャーに付いた汚れを大雑把に拭ってから布で覆い始めた。布でその姿を隠してしまうと、ベルトで締め上げる。ベルトを掴んで持ち上げ担ぎ、その場を足早に立ち去った。
人混みの中を歩いていると、ふと自分から血の臭いが漂っているような気がしてきた。あの部屋に漂っていたような、濃厚な臭いが。
腕に鼻っ面を押し当てて臭いを嗅いでみるが血の臭いなど全くしない。
――いや、漂いすぎて分からなくなってしまっているのか。
面白くも何ともなかったが、何故かは自分が笑っているのが分かった。自分に呆れているんだろうか?
いや、そうではない。
染み込みすぎて拭っても拭っても拭ききれることのない臭いに。無意識に、パニッシャーのベルトを掴む手に力が入った。
堕ちたモンだな。
もうこの手に真っ白いものを抱き上げる権利など、ありはしない。
こんな自分が、こんな場所で人混みに紛れているのは激しく場違いなのだ。は早々に人混みから外れ、裏道へと姿を消した。
up08/12/27
逃げたって、何の解決にもならないのに。