隔てとつながり

 雪が積もった。もうそんな季節も終わる頃だというのに、季節は本当に気まぐれだと思う。
 俺は玄関先に積もった雪をスコップでかきながらふとカイトについて考える。
 ボーカロイドというアンドロイドの括り、そのシリーズの初代の顔を思い出して口元を緩める。今は部屋で課題曲を必死にダウンロードしている頃だろう。雪かき作業が立て込む事を予想して、データをみっちり用意してやった。ひいひい言いながら向こうも作業してるに違いない。

 人が通っても問題ない程度に雪をどけて、一息。雪って、ふわふわしながら降ってくるくせに積もると重いんだなと改めて感じた。
 手袋をしても指が冷たい。今日は一日中寒くなりそうだ。

「雪かき終了、っと」
 戻ったぞーと玄関先で間延びした声を上げつつ靴を脱ぐ。ああ、家の中あったかい。
「お帰りなさい。案外早かったですね」
 部屋をのぞくとやっぱりまだ終わってないみたいだった。項のから伸びたケーブルが、メインのパソコンに繋がっている。
 いつだったか忘れたが、無線の方が動き回れるし楽じゃないのと聞いたことがあった。しかしこいつ曰く、無線よりも有線の方が若干早いだとか。回線的に速度は変わらないはずだけどと首をかしげたが、どうも感覚的なことらしい。無線だと、ごちゃごちゃしているのとぼやいていた。人間の俺にはよく分からない話だった覚えがある。
 テーブルの上にマフラーと手袋を放り投げ、ディスプレイを覗き込む。とはいえ、九割方終わっていた。 
「そ? 他の人に迷惑がかからない程度にはのけてきた」
「データ詰めすぎですよマスター……」
 背後からげんなりしたような声でカイトが項垂れた。ふふん、と得意げに鼻を鳴らしながら振り返る。
「ま、たまにはいいだろ。俺の愛を受け取れ」
「愛ってなんですか愛って。くれるならもっとわかりやすい物がいいです」
 本気で嫌そうな顔をされた。酷いな。

 ストーブの前で暖を取っていると、背後のパソコンから電子音が鳴った。ダウンロードが終わったらしく、カイトはコードを外していく。コードはきちんと畳まれ紐で縛られ定位置へ。そんなこまめな事一体どこで覚えてきたの、お前。
「直球だけが全てじゃないのよ、君」
「さっきの話続いてたんですね。まあ俺は、マスターが居てくれればそれでいいですけど」
 ……ん? なんかすごい事言ったな今。
「あ、それで雪はどうでした? 窓からだとあんまり見えなくて。積もってます?」
「今更な質問だねえカイト君。じゃなきゃ雪かきなんてしないよ」
「それもそうですね」
 窓の外に視線を向けながら楽しそうに笑う。
 こいつを迎えてから随分経つけど、あれ、雪見た事無かったっけ? えーっと確か去年は積もらなくて、その前は降ったけどすぐに溶けて。ああ、じゃあ物珍しそうにしてるのも頷ける。
「外出るか?」
 放り出した防寒具を拾い集めながら何気なしに尋ねてみる。一瞬ぽかんとした顔をした後、眩しいぐらいの満面の笑み。
「はい!」

 小さな子供のように足跡の付いていない雪面を踏みしめるカイトは実に楽しそうで嬉しそうだ。いや、実際そうなんだろう。
 俺が着なくなったダッフルコートを着て、マフラーと手袋を付けさせてあるので防寒はばっちりだ。
「綺麗ですね、マスター」
 くるくると周りながら空を仰いでいる。滑って転ばないかとはらはらしながら(だって俺よりも上背があるんだ)頷く。
 朝方は曇っていたが、今は綺麗に晴れていた。雪面に太陽の光が反射してきらきらと輝いている。
 実に上機嫌なカイトを軒下から見守る。まるで幼稚園児のようだと思いながら、名前を呼んだ。
「カイト」
「はい!」
 かき上げた雪を掌に載せたままこちらを向く。
「誕生日おめでと」
 今日が"KAITO"の誕生日(まあ、発売日だけど)であることを思い出したのは、実を言えば今朝のことだったりするのだ。暫く、仕事や製作の予定であんまりネットに浮上していなかった所為もあり、そういう方面が落ち着いてネットを見ると所謂誕生祭で賑わっているのを見たわけで。
 去年は仕事が未だかつて無いほど切羽詰まっていてそれどころではなかったために、いまいち俺の意識は薄かった。
 俺は大方笑顔でありがとうございます! ――とか言うのかと思ったら、そうでもなかったのだ。
 不思議そうな顔をして、首をかしげる。
「なんの事ですか?」
 今度は俺が不思議そうな、というよりも、は? と返す番だった。
「な、なんの事って……今日は"KAITO"の発売日だろ?」
「そうですけど」
 当たり前のことを聞いてどうするんですがと暗に言われているような口調だ。けれどすぐにふっと視線を彷徨わせる。
「――ああ、なるほど。だからおめでとうなんですね」
 一人で勝手に理解をしたらしいカイトは手に載せた雪を空にばらまき、手を払いながら俺に近寄ってくる。
「でもマスターが俺を起動させた日は違いますよ?」
 どうやら話がかみ合っていないようだ。というか考え方の違い、か。

 人の思考を模倣したものとはいえ、人と全く同じようにとはいかない。カイトを迎えてすぐの頃はこんな食い違いばかりだったのを思い出して急に懐かしくなった。
 こういう作業が嫌な奴は、大人しくソフト版を買えばいいんだと思ってる。でもこういう事を通してこいつらも成長していくのだと、センターの職員に伝えられている。だからという訳でもないが、こちらの意見と考えはきちんと伝えたい。
「それは分かってる。でも発売日が誕生日、てのが世間じゃ広く定着してる。と、俺は思ってた」
「ああ、そうでしたか! 俺は機動日が、人で言う誕生日のようなものだと思っていて。……すみません、気が利かなくて」
「いやそこで気を遣われても困るし気持ち悪いし」
「すみません」
 顔を顰める俺にカイトは一つ苦笑をもらすと、理解できてない俺のために自分の考えを話し始めた。
「なんというか、"KAITO"というくくりよりも"俺"個人という考え方の方が強いんですね。KAITOって言ってもたくさんいるじゃないですか。だから意識の混在を避けるために、全の中の一つではなく、個々としての意識の……って、聞いてます?」
 いきなり小難しい話に突入して、渋い顔をしていたのを見抜かれた。
「……ぼちぼち」
「要約すると、俺は俺、余所は余所。って具合ですかね」
「なるほどわからん」
「ええっと……マスター、理解するつもりはありますか?」
「そっちが俺の意見分かってくれたならそれでいいよ」
「それでいいんですかマスター…。あっ、でも誕生日なら俺、ダッツが食べたいです! せめて年一度は!」
「却下」
 うまいのは分かるけど特売にかからない物は買いません。

 ぶーたれるカイトを部屋に戻しながら、さっきカイトが口にしていた話を反芻する。
 幾らか故意的にばらつきを与えて作られるが、ボーカロイドは所詮量産品である。人間の俺が考えても、全く同じ思考をする他人がいるのは恐ろしいと思う。
 彼らがそのことに対してどう思うかは分からないが、話しぶりからして意識の同一化は避けたい・避けているようだ。一は全、全は一、という自我の考え方は、人の思考をトレースするのが目的ならば確かに避けるべき点だ。
 こういう、人とボーカロイド(アンドロイド含む、だ)の違いを時々感じては、まだ同じ位置に立てないのかなと思ったり、してしまう。
(でもやっぱり、うちの子は可愛いって言うじゃん)


up12/05/04
Title : OL さま