俺のマスターは、はっきり言って意地悪です。かなり。
どうやら俺で遊ぶのが好きらしいんです。これってどう思います? 性格悪くないですか?
初めて会ったときには、あ、優しそうな人だな、って思ったんです。……けど、見た目と中身は違うんですね。
あ、でも、俺マスターが好きです。
そりゃあ、アイスは結構頻繁にくれるけど安物が多いし(ガリガリ君とか。いや、好きだけど!)、ミクが来てからはちょっと俺の指導が疎かになってるんじゃないかと感じることもあります。
けど時々見せる表情とか、仕草とか、声の調子とか、動きとか。そういうのに、なんというか、魅せられて。
「カイト、違う違う。そこ半音ずれてタイミングもずれてる。やり直し」
「はいっ」
今は新曲に向けて特訓中。
もう何度聞いたか分からないリズムに乗せ、俺は歌う。先ほど注意された点に十分気をつけながら、けれど他のところが疎かになってしまわないよう。
最後の言葉は精一杯の思いを込めて歌い込む。音の余韻と静かなピアノ伴奏を、瞼を閉じて聴く。心地よいハーモニー。
たん、とマスターがキーボードを叩く音。それに続く声は無く、マスターの思うような仕上がりになったということを知る。
「うっし、お疲れカイト」
瞼を開けると、マスターはくるり椅子を回転させヘッドホンを外していた。
「今日は結構よかったんじゃないの?」
小さく笑いながらそう言われ、俺は驚いた。だってこんな素直にマスターが俺のこと褒めてくれるなんて、滅多に無い! (いつもいつも屈折していて分かりづらいんです)
「そ、そうですか?」
照れながらそう返すと、うん、とマスターが頷く。
だけど――ああ、マスター。その笑顔は、あの、なんかいやな感じがするんですけれど。
「やっぱり童謡系はベストマッチするなぁ?」
断じて俺は童謡が嫌いなわけではないんです。そりゃあマスターが歌えって言うなら喜んで歌います。それこそ、なんでも。
だけど意地悪そうな顔で、皮肉っぽく言われることはあんまり好きじゃない。
お、俺だって……。
「マスター! あ、お兄ちゃん。終わったの?」
ばあん、とドアを開けて入ってきたのはミク。
「ああ、今終わったとこ。今日は調子よかったなあ、ミク。かなーり良かった」
マスターはまた椅子を回して、ミクを見る。
「ほんとですか? ありがとうございますっ」
俺だって、ミクみたいに素直に褒められたい!
「? お兄ちゃん、どしたの? 眉間に皺寄ってるよ」
「え?」
首をかしげたミクに指摘され、眉間に手をやる。……ほんとだ。
「ははっ、どしたんだ、カイト。今後の心配でもしたのか?」
笑いながらマスターがこちらに体を向け、眉間を触る俺の腕を払う。
「あのっ、」
抗議の声を上げようとするが、
「あんまり皺寄せてると、くせになるぞ」
と、親指でぐりぐり擦ってくる。あの、ちょっと……
「あはは、お兄ちゃんがいっつも眉間に皺寄せてるのって想像できなーい!」
マスター、顔が近いですよ。
「マスター、」
顔が熱い。まだマスターは眉間をぐりぐりと――皺を伸ばそうとしている。
「あの、もういいですって」
「んー? まあほら、念入りにな。俺も、いっつも眉間に皺寄せるお前は見たくないからな」
至近距離でいつもの様に笑う顔をされると、どうしていいか分からなくなる。頭の中でいろんな事がぐるぐる廻ってて、処理しきれない。――スパーク寸前。
「あ、そうだ忘れてたっ、マスター! 朽野(くだらの)って人からお電話!」
「は? なんであいつが……分かった、すぐ行く」
マスターの指が離れる。それが少し寂しくて、腕をつかんで止めておきたい気持ちに駆られる。だけど、止める。
ミクと一緒に部屋から出て行く寸前のところで、俺は右手を握りしめた。
「マスター!」
呼ばれてマスターが振り返る。
「俺、次も頑張りますっ!」
次こそは あなたに、素直に褒めてもらえるように。
マスターは小さく目を見開くと、時々見せるふわりと柔らかくて優しくて、けれどしっかりした笑顔を見せてくれた。
「おう。期待してるぞ」
俺が大好きな、笑顔。
ぱたん。小さくドアの閉まる音。
一人になった部屋。落ち着いてきた頭に、俺は胸をなで下ろす。
先ほどのマスターの笑顔が脳裏から、離れない。
up08/11/28
なんだかとてもカイトが乙女乙女してしまった。はっ、おとめん!?(おい