寝苦しくてふと目が覚めた。寝返りをしようとしたら身体が回らない。
閉め切ったカーテンから零れる光もない。当たり前だ、寝る前きちんと閉めた。闇の中目をこらすとよくよく見知った人影を見た。
「カ、イト」
俺の腹の上に馬乗りになったカイトが名前を呼ばれて微笑んだ、気がした。
「はい、マスター」
嬉しそうに返してくる。胸に手を突かれ、ぐ、と息が詰まった。
「苦し、い」
腕をどかそうと掴むがびくともしない。カイトの顔が近づき、鼻と鼻がくっつきそうな程まで近づいてくる。そこでようやく表情が見えた。
やっぱり笑っていた。けれども目が笑ってない。――違和感。
「すみません、マスター」
謝っておきながら退く気配がない。
「お前……なあっ」
こっちは睡眠を邪魔されていい気分じゃあない。起き上がろうとすると肩を押さえられ布団に戻される。
本気で怒鳴ろうと思っていると、首元に顔を寄せてきた。思わず固まる。
髪の中に手を突っ込まれて混ぜっ返される。耳元から小さく小さく、くすくすと笑う声が聞こえる。……背筋に冷たいものが走ったのは仕方ないと思う。
「お前……どうした? なんかおかしいぞ」
「おかしいですか?」
くすくすくす。笑う声は止まらない。
「おかしくなんかないですよ。いつも通りです」
そんなはずはない。心の中で否定をする。
いつも緩く笑いながらにこにこしてるカイトと、今俺の上にのし掛かっているカイトとは雰囲気からして違う。こんな黒いオーラを纏ってるカイトなんて、しらない。
「酷いですよ……マスター」
やっぱり笑いながら、耳に口を付けて直接言葉を吹き込まれ。くすぐったさよりもぞくりとした寒気が上回って、静かに鼓動が早くなる。手足が拘束されている訳じゃないけれど、動けない。動くなと本能が言ってるようで。
猫がじゃれるように顔を押しつけてきて、首にカイトの口が当たる。
「ふふ。マスター、どくどくいってる」
うっとりとしたような声に今になって危機感を覚えた。
「カイ、ト!」
引きはがそうと服を掴むが、立てた膝はカイトの手で押さえつけられてしまう。
カイトは上体を起こす。暗闇に慣れてまともに捕らえたカイトの顔は、ぞっとする笑みを浮かべていた。
両手が顔に近づく。――何?
「マスター」
ぐっと首を掴まれ――いや、締められる!
「ん、……ぐっ」
じわじわと力を込めるなどまだるっこいやり方ではなく、始めから力を込められる! ご丁寧に喉仏を親指が押さえつけているので苦しいよりも痛みが上回って痛い苦しい、ああもうなんなんだよお前!
「マスター。お願いです」
今度こそカイトの腕を引きはがそうとするがびくともしない。こんなに力があったのか……お前はっ。
「俺だけ見て下さいマスター」
普段ほとんど意識しないが相手は機械。力が強いというのも理解できない事はない。その上手首に爪を立て肌を引っ掻いても大した反応をしない。
酸素が、足りない。ぎり、とますます力が込められる手。足が空しくシーツを蹴る。
「俺だけ見て下さいマスター。俺だけを」
うわごとのように繰り返される言葉。やめて。やめてくれ。
言葉を紡ぐまでに至らず空しく開閉するだけの口。精一杯の抵抗でカイトを睨みつける。
「……きです、マスター」
なんでおまえ、そんなかおしてるんだ
もう限界だバカイト!!
「――っめ、ろぉ、っ!」
死ぬっての!!
全身全霊を込めて、足やら総動員でカイトを腹の上から退かせた。ナイス俺、ナイス火事場の馬鹿力(?)。
カイトがベッドから落ちる。重いものが落ちる盛大な音がしたけどマンションだけど階下の人達には我慢して貰おう、緊急事態だから!
俺の首を締め上げていた手もそれに応じて離れ、俺は起き上がると身体を折って咳き込んだ。
「っげほ、ごほっ、っあ……!」
目の前が赤くなるかと思った! 喉が痛い。風邪で喉がやられたときとは違う痛みに涙が滲む。
怒りを込めてベッドの横を見ると、丁度カイトは身体を起こした所だった。
「カ、イト? お前、なぁ、」
喉をさすりながらベッドサイドのライトを付ける。薄オレンジの光に照らされた顔に、俺は用意していた言葉を飲み込んだ。
「マス、ター」
微かに震える声。呆然とした顔。握りしめて床に押しつけられた両手は明らかに震えていた。
ばっと立ち上がると、泣きそうな顔で覗き込まれた。いつもより冷たい手が首を押さえる俺の手に触れる。
「すみません、マスター」
……いつもの、カイトだ。先ほどの黒い雰囲気はどこへ消えたのか、おろおろとするカイトが目の前にいる。さっき、のは、一体?
そっと俺の手を首から離し、くしゃりと顔を歪める。
「痕が……」
あれだけ強く締められたら痕ぐらい残るだろう。……ひやりとした手が触れて、優しく、震えながら撫でていく。
「カイト」
「すみません……すみませんマスター」
ぼろりと涙がこぼれる。おろおろするいつものカイトに俺は訳が分からなくなりながらも、パジャマの袖で涙を拭ってやる。
「ああもう、いいから泣くな」
「ずみばぜん……」
すみませんと何度も何度も頭を下げながら謝ってくるカイトを無理矢理部屋に戻し、作業机の上にある手鏡を引き寄せる。案の定、手の痕がくっきりと残っていた。明日からハイネック生活か……?
首を絞めながらカイトが繰り返した言葉が頭にこびり付く。
熱を持つ首に手をやり、最後の顔が脳裏に映る。笑っているくせにどうしようもなく辛くて堪らなくて悲しそうな、複雑な表情。あんな顔も出来たのか、あいつは。
ライトを消して布団に潜り込むけど、眠れそうにない。……明日は打ち合わせがあるのに。
眠気の遠のいている頭を無理矢理眠らせようと瞼を閉じた。
(それでもまだ消えない、声が)
(なんで、)
up10/03/07
タイトルお借りしました loca