金属の固まりが重力を振り払い空を滑るように駆けていく姿はうつくしいと・は思っている。それは機能美というやつだろうか。緩やかな、時に鋭いフォルムは彼の目を楽しませそして釘づける。
今だってフェアリイの空へ飛び立っていく風の女王を見送っているのだ。メイヴ雪風。そのフォルムは敵であるジャムの利点を取り入れたらしく確かに少しばかり威嚇的な面がある。だがしかし、それさえもはうつくしいと思った。メイヴはやがて轟音だけを残し小さな点となり、見えなくなる。そこまで自らが点検し調整した機体を見送ってから、上げっぱなしだった首を戻した。
隣にはジェイムズ・ブッカー少佐が立っていた。インカムで何か連絡が来たのだろう、マイク部分を持って口に近づけ何事かを口早に告げている。手を離すと、空を見つめたままのの肩を軽く叩く。
「戻ろうか」
「はい。ですが少佐、わたしはもう二、三機ほど調整があるので途中で失礼します」
「分かってるさ」
は少佐の高い靴音を追いかける。
司令センター内では暫くの間、雪風が辿るルートと、辿っているであろうルートが表示された画面を眺めていた。特に何があるわけでもない状況に、小さく息を吐き少佐、とやはり隣に立つブッカー少佐に声を掛けた。
「そろそろ失礼します」
「なんだ、もう行くのか」
と、名残惜しそうに小さく眉を下げる。
「わたしは機体が見えない場所、そして特に何をするでもなく浪費するだけの時間は好きではありませんので」
は表情も変えず言い放つ。おおこわい。ブッカー少佐は大げさに肩をすくめて見せた。
「わかった。帰還時間は分かるな」
「もちろんです、少佐」
敬礼。では、と小さく頭を下げ司令センターを出た。向かったのは特殊戦ではない、出撃を待つ妖精達が羽を休める場所。
「よっ……っと」
曲げっぱなしだった背骨を伸ばし、は大きく伸びをした。背骨がごき、と鳴る音が聞こえる。
部品交換を終えたシルフィードはさながら風を待つ鷲のようだ。今か今かと大空に身を浮かべることを待ち望んでいる。鈍く格納庫のライトを反射するボディに触れる。上から下へ。緩やかに描く曲線は、計算され尽くした故の産物。
作業服の袖を捲り時計を見れば、もうじき雪風の帰投時刻だった。片付けをして向かえば丁度良い頃だろう。共に部品交換を行った者と手早く後片付けを済ませると、着替えた後地上へ出た。
相変わらず、地上は風が強い。もう一度時計を見る。そろそろだ。空を見上げると小さな黒点。あれか。黒点が大きくなり、はっきりと視認できるまでにそう時間はかからなかった。出撃時と変わらない装備を見たところ、ジャムとの接触はなかったらしい。
雪風が華麗に着地。はそちらへ近づいていく。停止するとキャノピが跳ね上がりパイロットとフライオフィサが降りてきた。ヘルメットを外し、頭を振るパイロットへは声を掛けた。
「お疲れ様、零、桂城少尉。今回はどうだった」
ヘルメットを脇に抱えた零が僅かながら気怠げにを見た。
「問題ない」
「そうか。それはよかった」
何かがおかしければ真っ先に言ってくる彼だ。その『問題ない』は『好調だった』という意味だと思っても構わないだろう。目を小さく細め、口角を上げにこ、とが笑う。しかしその表情も僅かな間で、視線はふたりの背後に向く。
「少佐に報告してこい」
「ああ」
は雪風を格納庫に移動させる為、タキシングしてあった車に乗り込んだ。
雪風へ電源コード等々を接続し終わりは背筋を伸ばした。背後で足音。振り向くと零がこちらに歩いてきていた。にではなく、雪風に。恒例の行動に、は引き上げようと格納庫の出口へ向かう。
「」
が、呼び止められた。足を止め振り返る。
「何?」
しかし零はじいっとを見たまま口を開こうとしない。何なんだ一体。は微かに眉をひそめる。
「零、何も用事無いなら――」
「いつも助かる」
その一言には目を見開いた。え、と小さく呟く。すぐに零は雪風にかけられているラダーを上がってしまうが、はその場に立ち尽くした。
あり得ない。そう、あり得ない言葉を聞いた。なぜだか急に気恥ずかしくなっては視線を横に投げる。
「い、いや、それが仕事だし……」
そう、機体の整備は仕事でありそれが彼の義務である。義務は果たさなければいけない。
――いや、そうではない。零はシートに着いていた。彼を見上げる。雪風の主翼に遮られ黒い頭が見える程度。
「俺はメイヴが好きだ。いや、雪風が。『好きこそものの上手なれ』って言うだろ。日本のことわざ。好きだから、最善の状態にして、その状態で機能をフルに生かして欲しいと思ってる。
俺はこれからもさらに上目指していくからな、お前に、そう言ってもらえるようこれからも、頑張る。よ」
零が首を回してを見た。その表情はいつになく優しい。
「知っている。俺もお前の成果が発揮できるように少しは頑張ろうと思う」
予想外の返答にまたも豆鉄砲を喰らったようには驚くが、嬉しそうに目を細め頷いた。踵を返す前にしっかりと、零と雪風を記憶にとどめる。何故だろう、今までよりもそれらはうつくしくそして暖かく見えた。
up08/04/23