ひっそりと人気のない裏路地に一つの靴音が響く。あたりを窺った後、彼は一つのドアを押し開けた。
「よーっす、しけた酒飲んでるかーい?」
いくつかのドアを開けた後、は片手を勢いよく上げた。部屋の中には十数人の少年達がいる。何人かはまたか、という目で彼を見、何人かは無反応で作業か会話を続けている。
「よお。相変わらずうるせえなあ」
短い銀髪を後ろへ流した青年が、煩わしそうに目を細め立っていた。
「とかいいつつ出迎えご苦労、ローランサン?」
うるせ、と悪態をつくローランサンに、は抱えていた紙袋を押しつける。底が抜けそうなほど詰め込んだ為随分と重くなってしまったが、中にはパンや果物等々、食料が詰まっている。
「それ土産ね。で、最近どうなのよ」
近くの椅子を引き寄せ、それに座りながらがローランサンに尋ねる。
「あんまり、てところか。ああ、でも今度――」
「?」
ローランサンの言葉を途切れる。名前を呼ばれはそちらへと顔を向け、微笑んだ。
「イヴェール!」
実に嬉しそうに彼の名前を呼ぶに、ローランサンはひそかに苦い顔をする。
「最近来なかったけど、仕事の方が忙しかったのかい」
の近くまで歩いてきたイヴェールは、そっと彼の黒い髪を撫でる。イヴェールの方が拳半分ほど背が高いため、自然とはわずかに見上げることになる。系統の違う、けれど同じ青の瞳が視線を交わらせる様子はとても柔らかい。
「まあね。でもそのおかげで、ほら、今回はちょっと奮発しちゃった」
ローランサンが未だに抱える紙袋を指さす。ああ、とイヴェールは小さく呟き手を下ろす。
「いつも助かるけど、自分の分は大丈夫だろうね?」
「もちろん!」
が持ってきた紙袋の中から探り当てたリンゴを囓りながら、ローランサンはつまらなさそうに肘を突く。
どうもは、イヴェールが来るとそっちにべったりになってしまう。それがおもしろくなかった。
冬の空の色のような、淡い蒼。の瞳が至極嬉しそうに細められているのを遮るわけにも行かず、恨めしげにイヴェールの背中を睨む。
がりっ、と噛んだリンゴが不思議そうに見上げているように思えた。
「やっぱり高音はきついんだよな……。低音と高音出来たらかなりレパートリー増えると思うんだけど」
練習はしてるんだよ、と言いながら喉をさする。ふ、と笑みを浮かべイヴェールは手を顎の下で組む。
「十分だと思うけど。低音は、なんだったら僕がやるし」
「それはものすごく誘惑されるなぁ……」
テーブルに突っ伏して唸るを見て、ふと思い出したように視線を動かす。
すいと移動する視線の先にはふて腐れたローランサンの姿。ばちりと視線が合い、ローランサンの眉間に皺が刻まれる。
「……なんだよ」
「いや、別に?」
表情の中に、わずかに勝ち誇ったような色があり、ローランサンは心の中でこの野郎、と悪態をつく。
「そうだ。ローランサン」
不意に名前を呼ばれ、芯だけになったリンゴをくわえたまま振り返る。
「今日のバケットは焼きたてのヤツなんだ。ついでにハムとかも入れてたはずだから、小腹も空いたしサンドイッチしない?」
「おー、賛成」
レタスとハム、チーズを挟んだサンドイッチをそれぞれが頬張る。確かに焼きたてであるらしく、外は歯肉まで切ってしまいそうなほど固いが、中はもっちりとした食感が好評だった。
早々に食べ終わったは、パンからはみ出したレタスと格闘するローランサンを見、綺麗に最後まで食べ切りそうなイヴェールを見、部屋を見回した。
「平和だねえ」
こうやってみんなでサンドイッチを食べれて、他愛もない会話で盛り上がって。
その呟きはあんまりにも小さかったので、大してうるさくもない部屋の中でも紛れてしまい、誰にも届くことなく消えていった。
柔らかな笑顔を浮かべ、は一人、そっと目蓋を閉じた。
果たしてこれは現実なのか、幻想なのか。
up 2009/03/07
アナザーロマン。ということでやりたい放d(ry
イヴェ→←主←サンみたいな?