こつり、と聞き慣れた足音がふたつ。音の聞こえた方へ顔を向けると、ヴィオレットとオルタンシアがお茶の一式を持って立っていた。
「様、お茶はいかがですか?」
「ありがと。もらうよ」
はい、と二人は揃って微笑み、腰掛けていたソファー近くにカートを止める。慣れた手つきで着々と支度が調っていくのを横目に、やはり意識は唯一の外界へ向く。
「今日は穏やかですわね」
オルタンシアが手を止め、と同じように舞い落ちる雪を見る。
「昨日はあんなに吹雪いてたのにな。……初めて見るよ、こんなに穏やかなのは」
「確かに滅多にないですわ。年に一回、あるかないかなんですの」
「へえ」
ふわりと漂う紅茶の香りに、は頬を緩ませた。と、いつもお茶をするとなれば足りないものがひとつ。
「イヴェールは?」
「ムシューでしたら、もうすぐ」
「ええ、そろそろですわ」
二人が顔を見合わせ、くすくす笑い合う。何かと不思議に思っていたが、やがて聞こえる早い足音には納得した。
荒くドアが開けられる音と共に、イヴェールがやってきた。肩で息をしているのを見ると、屋敷の中を探し回っていたのかもしれない。
「こんな、所に!」
「駄目ですわムシュー、ドアが壊れてしまいますわ」
「そうですわ、ムシュー。もっと優しくしてください」
部屋に入って早々、双子のお小言が飛ぶ。それを生返事で受け流しながらきちんと、優しくゆっくりドアを閉める。の正面に座ったイヴェールは一先ず息を吐いた。随分と疲れている様子に、これは相当探し回ったのかなとは思う。
「おつかれ。まま、ゆっくりゆっくり」
「ありがとう。……いつもふたりは行き先を告げずに出て行くんだから……探すこっちの身にもなって欲しいよ」
「それにしても、いつもギリギリセーフだなあお前は」
笑い混じりに尋ねると、イヴェールは笑顔で答えた。
「だって、折角お茶をするなら一緒に、って思うじゃないか」
さらりと言ってのけた言葉には何拍か遅れて赤面する。急に赤くなったにイヴェールは首を傾げ、双子は目の前の作業を完了させる事に尽力したのだった。
「今日は静かだね」
ティーカップをソーサーへ戻し、ふとイヴェールは呟いた。吊られては硝子を見る。外の様子は変わらず、雪はゆらゆらと揺れながら降り続けていた。
「珍しいでしょ? 一年に一度、こうやって穏やかになるんだよ」
「双子からは、あるかないか、って聞いたんだけど」
ね? とは双子へと同意を求める。見事な以心伝心具合で、揃って頷く。
「違うよ。きっかり、一年に一回」
「じゃあ、誰かの誕生日みたいだな」
チョコチップの混じったクッキーを一枚口に入れ、はティーカップを取り上げる。口の中のクッキーを飲み込んでから、そのカップを小さく掲げた。
「Happy Birthday ! to...誰か!」
そこで三人の視線が集まっている事に気づき、気まずさのため掲げたティーカップをそろそろと下ろす。驚いたような顔のイヴェールに視線で問いかけると、笑顔が返ってきた。
「誕生日…ね。誕生日。その考えはなかったなあ! じゃあ僕も。――Bon anniversaire!」
と同じようにティーカップを掲げ、それに口を付ける。
「「Bon anniversaire!」」
ヴィオレットとオルタンシアの二人は、声を揃えて高らかに。誕生日の当事者などいないというのに、皆で揃ってお祝いをしているのが無性におかしくなって笑い声が零れる。
「ふふ……今日はどれだけの人が誕生日を迎えたんだろうね?」
「とにかく、沢山の人が、としか言いようがないな」
「確かに。そう考えると、明日も明後日も、毎日が誰かの誕生日だね。これは毎日お祝いしなきゃいけないかな」
冗談交じりにイヴェールが零すと、すかさず双子が声を上げる。
「それは私たちが大変ですわ!」
「せめて一月に一回ですわ!」
「やらないから大丈夫だよ、ふたりとも」
「ムシューの事ですからやりかねませんわ」
「そうですわ、考え直して下さいまし」
「し、信用がないなあ……」
お茶の時間もつつがなく終わり、双子はカートを押して部屋を出ていった。ふたり残された部屋で、は硝子へと近づく。
「この様子を見てると、見てるこっちまで穏やかな気分になるんだ」
すぐ傍まで来ていたイヴェールがふわりと微笑みかける。
雪、冬、それは閉じゆくもの。けれど今だけは優しく、温かくふたりの前で降り続いていた。
「……なんか、優しい降り方って感じがする」
「そうかもね」
は硝子へ手を伸ばす。今日もどこかで生まれ、生まれた人達へ。
「un jour, quelque part.Bon anniversaire.」
up 2010/06/19
陛下に捧ぐ。