意味もなくぶらぶらと廊下を歩いていると、ふと後ろから二つの足音がすることに気がついた。気にせず歩いていたが、どうやら後ろにいる双子は彼の後を追っているらしい。幾つか角を曲がったが、彼の後を追うように着いてくる。
足を止め、後ろを見ると案の定双子が居た。急に立ち止まりこちらを見たに、双子は少し驚いたらしく、目を丸くしていた。
「どした? 何か用?」
用件を聞いてみると、ヴィオレットが少しばかり頬を赤くしながらうつむいた。
「様は……髪が長いですわね」
「ああ、うん。なんとなく伸ばしてる」
後ろに流れている髪を前に持ってくる。普通に下ろしていれば背中の中程まであるだろう。
最初は切るのが面倒だっただけだった。しかしそこそこ伸びてしまうと、何故か切るのがもったいなくなってしまう。ばっさり短くするのも躊躇われ、ずるずるとここまで伸びてしまったのが現状だった。
「ムシューと同じぐらいありますわ」
今度はオルタンシアが言う。そうかな、とはイヴェールを思い出す。あまりよく見ていなかったせいかよく分からない。けれどしっぽのように、動く度に揺れていたのは覚えている。
「そんな様に、頼み事があるのですが……よろしいでしょうか」
もじもじと双子が声をそろえる。
「いいけど」
承諾に双子はぱっと顔を明るくした。素早い動きでの両側を固めると、それぞれに腕を取ってぐいぐい引っ張っていく。
「え、何?」
「酷いことはしませんわ!」
「たまには私たちの遊びにもつきあって欲しいんですわ!」
笑顔で自分を引っ張る双子に、は圧倒されつつも内心安堵していた。イヴェールのために物語とやらを探しに行っているが、彼が知る限り、双子はそちらの作業をしている時間が多かった。この作業はイヴェールの為だ。だから、彼女たちの楽しみは無いのだろうかと薄々不安に思っていたからだ。
それにしても、髪が長いことでなにか遊びがあっただろうか。僅かの疑問を抱きながら、は双子に合わせ歩調を早めた。
「ヴィオレット? オルタンシア?」
いつもなら呼べばすぐに姿を現すはずの双子が現れない。イヴェールは立ち上がる。
またどこかに向かっているという訳ではないはずだった。ついこの前まで廻っていたのだから、すぐに立つと言うことはない。
双子を捜すべく部屋を出、名前を呼びながら廊下を歩き回る。
とある廊下で、イヴェールは楽しそうな笑い声がかすかに響くのを聞いた。声を頼りに部屋を見つけ、ドアをノックする。
「ふたりとも? 入るよ」
「ちょ、あ、だ、だめっ!」
僅かにドアを開けたところで、明らかに焦っているの声がかかり、止まる。も一緒に居るらしいことをイヴェールは知るが、しかしなぜだろうと疑問を抱く。
「?」
「や、だ、だめだって……入って、くんなっ」
必死に制止するの声に、イヴェールはますます不審を抱く。彼の声に重なって、双子のくすくすという笑い声も聞こえる。
「だめですわ様。もったいないですわ」
ただならぬ雰囲気にイヴェールは思い切ってドアを開けた。開けて、呆然とした。
「う、み、見るなってイヴェールっ」
繊細な白いレースのリボンでポニーテールにまとめ上げられた髪。緩く巻かれた毛先は動きに合わせてふわふわと揺れている。
耳まで真っ赤にしたが、見られないようにと両手で顔を隠している。よくよく見れば、部屋のあちこちに女の子らしい小物が散りばめられている。
「ああもう二人についてくるんじゃなかったああもう俺の馬鹿馬鹿阿呆」
二つの視線を感じそちらに顔を向けると、口をとがらせた双子がじいっとイヴェールを見上げていた。
「ムシュー」
ローズレッドのサテンリボンを手に、のすぐ近くに膝をついていたオルタンシアが静かに言い放った言葉が刺さる。
淡いパステルカラーの箱を手に、毛足の長い敷物に座るヴィオレットの冷ややかな視線がイヴェールをまっすぐに射貫く。
「な、なんだい、ふたりとも」
滅多に見ない真剣な、しかも軽く殺意も混じっているのではないかと思うほど痛いこの視線! たじろぎながら返すと、すう、と双子が息を吸い込む。
「「いいところを邪魔しないでくださいっ!!」」
ぽいと部屋の外へ放り出されたイヴェールは、状況を理解できずあっけにとられていた。しかしそれも僅かの間で、ぱっとドアに向き直る。
制止の声をかけようとして、先ほどあびた二人の冷ややかな視線を思い出し固まる。部屋の中からは、楽しそうな笑い声が(しかし双子だけの、だ)尚も聞こえている。
イヴェールは心の中で盛大に謝った。今までこれほど謝ったことはないと思えるほど、謝った。そしてドアに向かって、そっと囁く。
「ヴィオレット、オルタンシア……。夕飯までには、ね」
中から明るい声で「Oui,Mousieur!」と聞こえたが、それに被るように自分の名前を叫ぶ悲痛な声も聞こえた。
(ごめん。本当にごめん、。僕には無理だ……)
大きな罪悪感を抱きつつ、どうしてあの双子に勝てないんだろうと自問するが、すぐに答えは見つからなかった。
up 2008/10/19 加筆修正 2009/07/01