双子がお茶を誘えば喜んで、と受けるが、心ここにあらずと言った様でどこかぼうっとしているのだ。
「様。おかわりはよろしかったですか?」
ヴィオレットが白磁のポットを持ちに尋ねる。
「うん、大丈夫。ありがとう」
カップをソーサーに戻すと、彼はソファーから立ち上がる。双子の視線を受けながら、静かに部屋を出ていった。
「……」
クッキーをぽり、と囓りながらイヴェールはの背中を見送った。
やっぱり、あの時なんとしてでも(そう、例え双子の集中攻撃を受けたとしても!)止めておくべきだった。再び罪悪感が募る。
カップに手を伸ばすと視線を感じ、そちらに顔を向けた。双子が顔をつきあわせイヴェールをじいっと見ている。その視線にはどことなく彼を責めるような成分が含まれているのがありありと分かる。
元はと言えばふたりの所為じゃないか……。そう言おうとして、やめる。反論が数倍になって返ってくるのは目に見えていた。
小さく息を吐き、イヴェールはカップに残った紅茶を飲み干す。カップをソーサーに戻してから立ち上がると、ついと双子の視線が動く。
「ムシュー、どちらへ?」
「ちょっとと話してくる」
ソファーのすぐ脇に置かれたスタンドからコートを取る。袖を通すとドアまで歩いていき、ノブに手をかけ振り返る。
「……ここで待ってるように」
瞬時に双子が不満に口を尖らす。
「いいね?」
念を押してもう一度。意識せずいつもより声のトーンがやや低くなってしまった。無邪気な双子に邪魔されては困ってしまう。
渋々と言ったように、ふたりはそれぞれに返事をする。仕方ないですわ、とオルタンシア。
「けれどムシュー、ヘマしたらただじゃおきませんわ」
さらりと恐ろしい事を言われ、その結末を想像してしまいイヴェールは苦い顔をする。
「分かってるよ」
ノブを回す。後ろからいってらっしゃいませ、と声がかけられた。
は自室のベッドの上に横たわっていた。仰向けでぼおっと木目調の天井を眺めている。
ここに来てから、何日が経ったっけ。ふと思いつき、指を折って数えてみる。曖昧だったが、随分と経っているのは確かだ。
ごろりと横を向く。窓のない部屋は、外の様子を伺うことができない。唯一見える部屋まで行くのは、面倒だった。
近頃彼を苛む倦怠感、そして僅かな喪失感。その理由は自分でも笑ってしまうものだった。
「帰りたい……な」
ホームシック。まさかとは思っていたが、認識してしまうとさらに意識が傾いてしまった。
断じてこの場所が嫌いなわけではない。常に寒いのも慣れてしまったし、三人とするお茶は楽しい。
しかしなんの準備も用意もなく、突然放り出されたこの場所。突然の宣告。それが今になってダメージとして表れたのかもしれなかった。
――戻れたとしても、誰が待っているというわけでもないのに。
しかし、帰りたくとも帰れない。一体これはなんて地獄?
僅かな可能性を求め書庫を探したが、めぼしい物は見つからなかった。在ったのは物語ばかりで、ここから出る術を記した本など見つかるわけもなかった。
はあ、とは憂いのため息をつく。
意識の最下層をゆく自らの思考が嫌になり、体を起こす。気晴らしに外に歩きに行こう。冷たい空気は、もしかしたら少しは気分を晴らしてくれるかもしれないから。
ジャケットを羽織り外に出る。とにかく今は冷たい空気の中を歩いていたかった。
「俺って、馬鹿だよなあ……」
思わず、壁に手を付いて項垂れる。肝心なことを忘れていた。
「……迷った」
自分はこの屋敷の全てを知っているわけではないと言うことを。
ああ、今猛烈に泣きたい。泣かないけど!
気の向くまま足の向くまま歩いていくのは良かった。しかし気づけば見慣れない場所だった。
「俺の馬鹿」
もう一度同じ事を呟く。せめて、あの扉のあるホールに出られれば良いのだが。いや、そんな贅沢は言わない、少しでも見慣れた場所に出たい。
「迷ったときの鉄則は……迷ったら動かない、迷ったと思われる位置に戻る」
手を顎に当て考える。その鉄則も、今回は無意味のようだ。迷ったと思ったときに、この鉄則を思い出していれば良かったのにと後悔する。
これはもう、行くしかない。
そのうち知っているところに出るだろうと、無理矢理前向き姿勢を自らに課し、再び歩き始めた。
突き当たりのドアは、今まで見てきたドアとは明らかに違った。部屋のドア、という雰囲気ではなく、どこかへ通じるような扉。実際、部屋へと繋がるドアとは造りが違うようだ。
ぺたりと手を押し当てると、ひやりとした冷たさが伝わる。それと同時に、かすかに動く振動も伝わった。
これは違うと頭の中で思っていても、もしかしたら、という捨てきれない希望がせめぎ合う。しかし、今の状況を打破せんとは押し当てた手に力を込めた。
開いた扉の隙間から、部屋よりも低い温度の風が吹き込んできた。その冷たさに鳥肌が立つ。
「――あ」
目の前に広がる光景。やや白みがかった植物が真っ先に目に飛び込んできた。驚きに数回瞬きを繰り返す。
丸く形作られた庭はまさしく豪邸の中庭と言えた。円の外側には植物が生え、しかもその庭の中央には噴水まである。足下を彩る石畳は色違いの石で幾何学模様を描いていた。
「すげ……」
感嘆の言葉を呟き、息が白いことに気づく。部屋の中とは違う気温に、はっとなって上を見上げた。
高く聳える館に切り取られた、丸い空。しかしそこに求めた青い空はなく、灰と白の入り交じった曇天の空があるだけだった。
やや下降した気分だが、なるべく静かに扉を閉め噴水へと歩いていく。噴水はこの冷たい空気の中、絶え間なく水を噴き続けている。近くにベンチを見つけそこに腰掛けた。
背後から聞こえる水しぶきの音。寒々しいことこの上ないが、その音に癒されるような気分がしていた。目を閉じて音に耳を傾けていると、突然近くで石畳を叩く堅い靴音がする。
目を開けると、目の前に黒燕尾を着た男が立っていた。揃えられた口髭、小じわの寄る目元、口元。被るハットを白い手袋をはめた手で取り、男は言った。
「――Salut」
up 2008/11/03 加筆修正 2009/07/01