Messidor

 客が誰もいないのをいいことに、俺は真昼間からアプリコットのタルトをホール食いしていた。
 なんでかというと、ご近所のお嬢さんに貰ったからだ。彼女は毎年何かその時期旬な物でケーキ等々を作っては持ってきてくれる。年々腕が上がっているのが分かってうれしくなるね。
 よく熟れたアプリコットを蜜で漬け、それを使っているらしい。適度な甘さでホールなんて軽くいけるね、うん。

 半分ほどを胃に収めたところで、客。ドアが軋む音で顔を上げた。
 来たのはローランだった。よくもまあ、真昼間から飲みに来るな。そういえば仕事はなんなんだろうか。
「こんちは」
 声をかけると小さく頷いたように見える。カウンターの、いつもの場所に座ると俺の手元を見た。その目が僅かに細められる。
「貰ったんだよ、これ。食べる?」
 まだ手を付けていない一切れを皿に乗せようとナイフに取る。
「いや、甘い物は嫌いだ」
「へえ……。そりゃあ失礼しました」
 ナイフに乗せた一切れは、結局俺の使ってた皿に。コップを取りいつもの酒をローランに出す。

「もう夏かあ」
 俺がぼやく。ここらはあまり気温の上下は激しい方ではないが、それでもやはり暑くなってくる。寒い時期に比べ売り上げが伸びることは伸びるけれど……暑いのが比較的苦手な俺にとってはうれしいんだかうれしくないんだか。しかしどう足掻いたって季節は巡るんだから、まあ仕方ない。
「そうだな」
 グラスの中の氷がカラン、と音を立てる。どうでもよさそうにローランが返した。
「甘い物は嫌いなら、辛い物は好き?」
 残ったタルトに布をかけ、カウンターの端へ寄せる。暇なのでグラス類を磨こうと思う。
「まあまあ」
「ふーん。俺は甘い物の方が好きだけどな」
 滅多に活躍する時がないワイングラスに手をかける。そのうち葡萄酒の流行がくればいいのに。
 ローランが低く笑った。
「味覚は子供だな?」
 ちょっとイラっと来たと言うことは俺の心の中だけに納めておこう。



 アプリコットのタルトも2日で食べきり、俺は再び暇な昼間を過ごしていた。
 しかーし! 今日はちょっと贅沢をしていたりする。出番がなさ過ぎる酒というのも、仕入れた俺にとって悲しい。
 だからなのか、先日ワイングラスを磨いたからかはちょっと俺自身分からないけれど、酒棚の置くで埃を被っていた葡萄酒――Loraineを開けた。
 はっきり言って、もっと早く開ければ良かったと後悔してる。下手な酒は出したくないためいろんな種類の酒を飲んできたが、葡萄酒と言うことで畑違いのように思ってた。だから試飲すらしなかったけれど……ちょっとこれ、何処で仕込んでるの!
 思わず作った人にありがとうと頭を下げに行きたくなる味だった。

 それをちびちびやりながら時間をつぶしている。いやー、よくやったぞ昔の俺。1本じゃなくて10本仕入れててありがとう。
 ドアの向こうに赤い影。おっとまたローラン、お前さんか。
「また昼間から。あんた相当な暇人だね」
 呆れてそう言いつつ、空いたグラスを片付ける。あの葡萄酒、まだ商品として出しません。
「今日は寄っただけだ」
 と、そこで彼が手に袋を持っていることに気づいた。薄い水色の、柔らかそうな布の袋だ。何か入っているらしい。
「寄っただけ、とは? あ、瓶で買ってくとか?」
 珍しいな、と俺は酒瓶に手を伸ばす。
「違う」
 が、あっさり否定され手が空を掴む。じゃあなんだ? 俺は訝しい目つきでローランを見た。

 カウンターに乗せられた袋。音からして、瓶?
 置いた後さっさと出て行くローランの後ろ姿を見て、慌てて袋を開け中身を確認する。

「――あ」
 出てきたのは、大きめの瓶いっぱいに詰められた果物……の蜂蜜? 漬け。
 それを前に俺は呆然とした。なんで? という疑問が浮かび、しばし考え込む。
 ……もしかして、前甘党辛党の話をしてたから?

「ロッ、ローラン!」
 慌てて俺は声を張り上げた。ドアに手をかけていたローランが振り返る。
「ありっ、ありがとう!」
 思わず声が上擦ってしまったりしたけれど、どうやらローランは目を細めたようだった。そのまま店を出て行った。


 再び、誰もいなくなった店内。
 瓶に詰められた様々な果物。きっとこれ、乾燥させた奴を蜂蜜で戻したやつだ。
 蓋の端には深紅と薄ピンクの細いリボンが巻かれていたりするので、どこかで買ったんだろう。
 ……ちょっと待てよ、買ったのか。これを、ローランが買ったのか! お嬢様方入り交じる店でこれを買ったのか!?
 そんな場面を想像し、その光景の異様さに俺は思わず噴く。可笑しすぎる!(いやこれは俺の想像でしかないけど)

 軽く腹筋が痛くなりそうな笑いを抑え、瓶をつつく。目一杯入っているため中身は揺れもしない。
 けれどこれは俺のために買ってきてくれた物。――なんか、そう思うと、恥ずかしい。だってあのローランが。

 ……俺の ために?

「う、」
 顔が熱い。なんだこれ。なんだこれ?
 落ち着け、落ち着け俺! はい深呼吸だ。すー、はー、すー、はー、すー、はー。
 って落ち着くかあ!! はいはいひとりで突っ込むのも寂しいですね!

 コップめ一杯の水を一気飲みして、ようやく落ち着いたと思う。
 まだ顔は熱い。こういうときはどうするんだっけ? なんかいい方法を知っていたような気がするのに、浮かばない。
 はあ、と息を吐く。カウンターに手をついて項垂れる。
 まさか――まさかこんな風になるとは夢にも思ってなかった。
「……ありえん」
 口からは否定の言葉が出る。――頭はそうじゃないのに。ああ、恥ずかしい。

 ともかく今の問題は、次会ったとき普通に接せられるかどうかと言うこと、です。




up 2008/12/14

ナチュラルに名前変換がありませんでしたorz
6月中旬〜7月中旬ぐらいの話。