どこまでも遙か、彼方へ


この手に灯るのは  後日談

「おはよう玄冬。朝ご飯出来てるよー」
 玄冬が目を擦りながら部屋から出ると、真っ先にが声をかけた。そして良い香りが鼻をくすぐる。既にテーブルには一通りが整えてあった。
 ほかほかと湯気を立てる目玉焼きにサラダ、スライスして表面に焼き色を付けたパン。一見シンプルに見えるが、それぞれに手が加えてあった。
 目玉焼きは両面がきちんと焼いてあるし、サラダは色の薄い葉野菜を主に彩りとして赤い根野菜の千切りと色の濃い葉野菜。すりごまを加えたドレッシングもかかっている。パンには既にバターが塗られていたりと、至れり尽くせりだ。
「……すごい」
「そお? ありがとう」
 エプロンを外し、軽く畳んで台所の隅に置く。
「ま、覚めるから黒鷹は置いといて食べよう」
 あいつ昼行性のくせに起きるの遅いよなー。ぼやきつつがテーブルに着くと、玄冬も小走りでテーブルに向かってくる。

「いただきます」
「どーぞー」
 玄冬はパンを口に運ぶ。さくさくとした食感を出すように焼くのはなかなか難しい。やり過ぎれば焦げてしまうし、かといって焼かなすぎるとあの食感は出ない。丁度良く焼かれたパンに玄冬は夢中でかぶりついた。
 笑顔でそれを見守りながら、はサラダをつつく。

「そう、いえば」
 口の中のものを飲み込んで、玄冬はに尋ねた。
「昨日、黒鷹は街中で鳥になったけど、あれって大丈夫なのか?」
「んーとね」
 口に運ぼうとしたフォークを皿に戻す。そこを尋ねられるとは思ってもいなかった。
「まあ所謂、"鳥"の特権ってヤツかな? 俺たちはちょっとした細工があれこれ出来るわけ。それの応用。こう、何て言うの、人の意識からちょっとだけ……いや、かなり? 存在を薄れさせる、みたいな感じ、かな?」
 上手く言えずに思わず身振りが入ったが、どうやら玄冬は理解してくれたらしい。なるほど、と頷いている。
「あの時もそれを使ってたのか」
「そうそう」
 葉野菜の刺さったフォークを改めて口に運ぶ。玄冬は手に付いたパンくずを払いながら、感心したように呟いた。
「いろいろできるんだな……」
「まあね。仮にもここの管理人ではあるし」
 再び納得に頷きながら、玄冬は目玉焼きの白身をつつく。


「……野菜の匂いがする」
 ぼそりと背後から黒鷹の、妙にテンションの低い声が聞こえた。
「おはよう黒鷹、相変わらずワンテンポ遅れたヤツだな」
 振り返りもせずにが言う。
「食べないんならいいけど。俺食べるし。あ、じゃあ玄冬、目玉焼きもう一個いる?」
「いやいやいや、久しぶりのの料理だから食べたいんだけど野菜……」
「台所に生卵あるよ」
「……ひとりですすってろっていうのかい
「うん。いくつでもどーぞ」
 しれっと言い放つに、玄冬は小さく吹き出した。はしてやったり顔で玄冬に笑いかけた。

2009-09-28

おまけの後日談。お粗末様でした。

神澤 蒼